雑誌 WIRED は その 25 年の歴史において、テクノロジーが人の生活に与える影響を明らかにしようとしてきました。デザインから政治、アートまで扱う革新的で急進的なミッションは、旧来のメディア形式を挑発し、他の出版社を圧倒してきました。
クリエイティブ ディレクターのダヴィッド・モレッティ氏は 10 年以上にわたりこの変化の責任者を務めています。出版社コンデナストで WIRED イタリア版の拠点を立ち上げた手腕を買われ、米国のクリエイティブ チームの責任者としてサンフランシスコに移りました。
私たちは WIRED 2 月号の「The Golden Age of Free Speech(言論の自由の黄金時代)」の舞台裏に迫り、
現代の出版界で特に影響力が大きい人物の仕事ぶりを取材しました。
2018 年現在、米国 WIRED のクリエイティブ ディレクターとなるまでに素晴らしい経歴をお持ちですね。
自己紹介と現在までの経緯をお話しいただけますか?
ダヴィッド・モレッティです。
かつては歴史学を専攻し、現在はデザイナー、ジャーナリスト、さらにはオタクでもあります。このように情熱と教育を併せ持つことは、出版分野で大いに役立ちました。
デザイナーとしてもそうですし、コミュニケーションについてデザイナーと話す一方でジャーナリズムについて編集者に語るうえでも役立っています。
そして会社に対しては歴史家として、ブランドの展開やアイデアについて、従来と異なる方法で精密に戦略化しました。
WIRED を初めて購読したのは 1994 年のことでした。
初期のファン層に属していたと言ってもいいでしょう。
私はイタリア出身でデザイナーとしてキャリアをスタートしました。
そのときに WIRED イタリア版を編集長とともに立ち上げました。コンデナスト イタリア社に特別な部門を創設するために雇われたのです。
それは 2007 年のことで、当時あらゆるものが変化しつつありました。出版社の戦略として紙媒体だけにとどまることは合理性に欠けていましたが、旧来のメディア所有者たちは、当時のテクノロジーが未来の受け皿になるとは想像していませんでした。
コンデナスト イタリア社はこの部門を創設するにあたって、ウェブ デザイン、アプリのデザイン、イベント、動画、そしてもちろん雑誌などの従来の出版メディアまで、さまざまな方向で事業を展開できるようにと考えていました。
そのプロジェクトの 1 つが WIRED だったわけですね。
米国での創刊から約 15 年後に雑誌を立ち上げるのは難題でした。
雑誌として考えるのではなく、ブランドを売り出すことの可能性を調査する一方で、デジタル カルチャーにとって WIRED がどれほど重要な存在であるかを考察しました。
テクノロジーを扱う雑誌ではなく、テクノロジーやイノベーションにまつわるカルチャーに関する雑誌です。
大きな期待を集め、それに応えられるブランドへの社会的なニーズについて考えたのです。
当時のイタリアはベルルスコーニ元首相の絶頂期であり、文化、政治、経済の面で非常に深刻な危機に見舞われていました。
多くの人、特に若い世代に、教育を受けて国外に出て行く傾向が見られる一方で、
メディアは典型的なサッカー選手やモデルを使ってイタリア人のイメージを売り込むことを好みました。
私たちが立ち上げる WIRED イタリア版では、無名の人や注目されない人を取り上げて主人公にすることを決めました。
コンデナスト社の代表的な出版物は、ヴォーグ、GQ、W、グラマーなどです。
無名の人を表紙に使うというアイデアを示したとき、会社は驚き、完全には確信を持てなかったようです。
しかし主流のメディアが関心を示さなかった世界を取り上げたことで、私たちは現象を起こしたのです。
このときも、私たちは雑誌を出発点にするのではなく、対話から始めました。
私が WIRED イタリア版のクリエイティブ ディレクターに就任したのと同年に、スコット・ダディッチ(前 WIRED 編集長)が WIRED US 版のクリエイティブ ディレクターに就任し、私たちは緊密な関係を築きました。ダディッチは「100% WIRED らしさ」をどう定めるかに常に関心を持っていましたが、同時に、米国特有の言葉や様式をまねることなく 100% イタリア流であることも追求していました。
プラットフォーム間を自然に行き来する方法にも関心を持っていました。
彼が編集長になったとき、電話が来ました。
「こっちのチームに加わらないか。WIRED イタリア版と同じことをしたいんだ。ブランドの総合的な戦略、総合的な視点が必要だ。」
そして私はクリエイティブ ディレクター代理としてチームに加わり、
クリエイティブ部門責任者のビリー・ソレンティーノとタッグを組みました。
それが 3 年前のことです。1 年半前にはクリエイティブ ディレクターになりました。
規模はあまりにも違いました。
イタリアでは WIRED はパンク ロック バンドのようなものでした。
そのワークフローは、誰かの部屋で練習するようなもので、規模も小さくどのような事態もすぐに臨機応変に対応できました。
しかし総勢 15 人のチームから 100 人を超えるチームに移籍することになり、
サンフランシスコだけでなくニューヨークにも拠点があるのです。
すべてを事前に計画する必要があり、機械にはきちんとオイルを差しておく必要があります。
当時も WIRED は、多くの点で旧来の印刷出版物の様相を残したままでした。
たとえば、オフィスは文字どおり複数の異なるエリアに分割されていました。
ウェブサイトの編集者の席は、印刷出版物の編集者とはまったく別のフロアにありました。
スコットは、動画、印刷、デジタルのチームがすべて顔を合わせられるようにオフィス内を物理的に変更して部門を統合しました。
現在では、出版物デザイナーという言い方はしません。
なぜなら、現在では印刷物の担当者がオンラインの特集を取りまとめており、アニメーションなどを含む短い動画の作成について動画チームに指示を出すこともあります。
彼らはすべてのプラットフォームにわたってビジュアル コミュニケーション戦略に責任を持っており、ソーシャル チームとも毎日やり取りします。
米国では何人の部下を抱えているのですか?
写真部門とデザイン部門、これには印刷物とデジタルを含みますが 20 人。
動画とソーシャルのチームを加えると約 30 人です(これらの部門では新規プラットフォーム デザイナーの職種で採用を進めています)。
そのチームで 1 つの号の作成をどのように進めるのですか?
まず、ワークフローは従来とはまったく異なります。
クリエイティブ プロセスには、動画、印刷物、ウェブ、ソーシャルといったさまざまな媒体を含める必要がありますが、これはどのアーティストにどのプラットフォームで関わってもらうかに影響してきます。
従来は印刷物がメインであり、それによってすべての方向性が定まっていましたが、
それは間違っていました、というか適切ではありませんでした。
各プラットフォームでは、それぞれ独自の体験が可能になるからです。雑誌は没入型で、実体を感じながら楽しめます。情報の流れは一方向です。
しかし WIRED はそこに変革をもたらしました。
たとえば、クリストファー・ノーランがゲスト編集者として参加した号では、別々の要素を行き来する手法を取り入れました。
動画も没入型ですが、まったく異なるロジックに基づいています。
メディアそのものと、それに対する反応、クリックする方法などが原因となる、コンテンツとユーザーの間の潜在的な壁を、すべて取り除く必要があります。
デザインも別の役割を果たします。
雑誌では、デザインはコンテンツそのものの一部です。
枠組みを定めるだけでなく、感情を示唆することもあります。
読者に影響を及ぼす可能性があるのです。特定の反応や、感情的な反応を呼ぶことがあります。
WIRED では、そのことに大きく注意を払っています。
なぜなら、WIRED は情報を与えるだけでなくコミュニケーションを重視する雑誌だからです。
情報とコミュニケーションは 2 つのまったく異なる事柄です。
情報を与えることは、特定の情報を求めることです。
コミュニケーションは、単なる情報にとどまらない、体験です。
あなたとコミュニケーションを取るのであれば、言葉を発するだけでなく、手を動かし、顔の表情も変えるでしょう。
言わんとすることを伝えるために、多くのシグナルを発します。
コミュニケーションは感情的な体験であり、言葉よりも多くのことが関係します。
コミュニケーションには、2 つの主体の間の対話が関係します。
クリエイティブ ディレクターとしての私の目標は、日々、WIRED らしさを読者に伝えることであり、
雑誌を読んだ人に「やっぱり、これが WIRED だよね」と言わせることです。
上から真実を投下するようなことはしません。
私たちはコミュニティの一員であり、常に対話の姿勢を持っています。
期待について簡単に触れておられましたが、WIRED は読者の期待を絶えず高めることでブランドを築きました。
あなたのチームはどのようにしていつも人々を驚かせ、雑誌はこうあるべきという人々の期待に応えるのですか?
WIRED ではコンテンツが何よりも重要です。
これは、編集長のニコラス・トンプソンが 2017 年に WIRED に加わったときに話したことでもあります。
デザインのためのデザインは行いません。あるのは、コミュニケーションのためのデザインです。
たとえば、「ブレードランナー 2049」に関する 2017 年 10 月のカバー ストーリーを見てください。
「ブレードランナー」はディストピアを描いた最も重要な映画の 1 つですが、WIRED にとってはさらに大きな存在であり、
「スターウォーズ」と同じように、DNA の一部と言っていいでしょう。
この主題を扱うとき、エンターテインメント ウィークリー誌やバラエティ誌(いずれも商業雑誌)ではすばらしい記事ができるでしょう。
しかし WIRED の視点はまったく異なっていなければなりません。
デザイン プロセスとしては、WIRED にとっての「ブレードランナー」を定義づける本質的な要素について調べることから始めます。
次に、タイプ、カラー パレット、レイアウトを選択します。
あるいはこの場合は、WIRED のチーフ フォトグラファーであるダン・ウィンターズと協力して実際のセットを組みました。
撮影用のセットに含める適切な要素を見つけるため、私たちはダンとともにこの映画を何百回と繰り返して見ました。
最も気に入っているのは、象徴的なフォークト カンプフ マシンをダン・ウィンターズ(フォトグラファー)が独自に解釈して制作した点です。
ライアン・ゴスリングはセットに入るなりマシンを指さし、「あれを使うんだね」とダンに言ったんです。
私はオタクなので、SF や明らかに WIRED の得意分野であるものについては楽ですね。
しかし最新号「The Golden Age of Free Speech」の要素を見つける作業も非常に興味深いものでした。
調査の一つひとつが発見です。時には WIRED コミュニティがどのようなものであるかという固定概念が覆されることもあります。
もはやまったく異なる世代であり、80 年代や 90 年代のハッカーではなく2018 年のハッカーなのです。
それを踏まえて、WIRED の 1 つの号をまとめるプロセスを説明してもらえますか?
では最新号の「The Golden Age of Free Speech」を例にとってみましょう。
まずは、ニック・トンプソン(編集長)とマリア・ストレシンスキー(エグゼクティブ エディター)との話し合いから始まります。
今号のテーマについて話したとき、言論の自由という観念は不朽のものだと彼らは言いました。
民主主義とテクノロジーの基礎ですが、近年どのように使用されてきたのか、どのように変化したのか。
現在では、皮肉的に使用されるようになり、大きなリスクにさらされています。
どうすれば自由に発言する権利を守るだけでなく、この数年間で言論の自由という観念が変化したことも示すことができるでしょうか。
私たちはそれを明らかにしたかったのです。
この人権が不朽であることを示す方法を見つけることと、同時に、その概念が変化したことを認め示すことです。
私の部門では調査が重要です。
初期の特集の検討会議から、ストーリーをウェブサイトやソーシャル メディアのチャネルに
どのように掲載するかについての会議まで、多数の編集会議に参加します。
各ストーリーのレイアウト、写真、イラスト、タイポグラフィに統一感を持たせながら、主題との関連性を維持する必要があります。
私たちの考え、視点はどのようなものなのか。何を言いたいのか。
「Golden Age of Free Speech」で使用したキーワードでは、
「言論の自由は黄金時代を迎えているものの、何かが衰退している。何かが誤った方向に進んでいる」ということを提示していました。
歴史を勉強してきたからこそ、過去から学ぶことで新しい現代の WIRED をつくることができたのです。
私はアーティストのショーン・フリーマンに連絡を取り、
会話と言論について、時間について、また石がどのように経年変化するのかについて話しました。
大理石の彫刻が風雨にさらされ、酸性雨を浴びると、浸食が始まります。
それは「古びる」という概念ではなく経年劣化ですが、時の経過とともに彫刻の形状は変化します。
記念物は記念物のままですが、時間がそれを変化させます。非常に単純な考え方ですが、私はその概念を気に入りました。
この号では別の機会もありました。ニックとマリアの意向に従って言論をテーマにし、
タイポグラフィからデザインが導き出されるケースがあることに気づきました。
私たちは Commercial Type 社のチームの協力を得て、
単独記事の論調に合ったフォントと書体のセットを開発し、表現に基づいた一連の出だし部分を作成しました。
また、経過を示唆する特別なカラー パレットについても決めました。
雑誌の記事の構成は 1 つの結末に向かって収束します。
すべてのポートレートを見ると、それらが本質ではないことに気づきます。
コンテンツとの関連はあるものの、主役ではありません。実際に目に入ってくるのは言葉です。
書体で遊ぶのはデザイナーにとっての楽しみです。このプロジェクトで Commercial Type 社の協力を得たことに満足しています。
彼らが特定のカスタム フォントを記事と組み合わせる方法は本当に気に入りました。
デザインはコンテンツそのものの一部です。
枠組みを定めるだけでなく、感情を示唆することもあります。読者に影響を及ぼす可能性があるのです。
特定の反応や、感情的な反応を呼ぶことがあります。
他にも多くの国際的な制作協力を得ていますか?
WIRED で働くことのすばらしい点は、書体やイラストを制作できる優れたデザイナーがいることですが、
外部の協力者を招いて本当に特別なものを制作してもらうこともあります。長い年月をかけて、「WIRED 友の会」を作り上げました。
たとえば WIRED でのクリストフ・ニーマンのイラストは、ザ・ニューヨーカー誌でのイラストとはまったく異なります。
他にもダン・ウィンターズ(フォトグラファー)は非常に親しい友人です。
アーティストには、WIRED らしさを維持したまま、独自のスタイルで自分のアイデアを表現してもらっています。
そのような作業の中で、Dropbox はどのような役割を担っていますか?
Dropbox は私たちにとって、コンテンツの共有とアーカイブに最適な手段です。
私の Dropbox には、個人的な調査の全アーカイブを置いてあります。
すべての着想をクリエイティブ フォルダに整理します。
アイデアを思い出せることは助かりますし、整理しておける場所であると同時に、フォルダを共有し、対話を継続することができます。
先ほど歴史家でもあるとおっしゃっていましたが、それはプロセスと意思決定にどのように影響していますか?
革命はない、ということを理解しています。
すべてはアイデアの種が発展してできるものなのです。
私にとって WIRED で働くことは、常に「ベータ」段階で仕事しているようなものです。
「リリースが済んだからしばらく休める」と言える状況はないと考えています。
何かを発行するときも、常に別の対話が進んでいます。
ちょうど 1 年前にニック・トンプソンが WIRED 編集長に就任しました。
ニックが私に向かって最初に言ったことは、「自分がつくる WIRED では、その原点、当初の意図に立ち戻りたい」ということでした。
1993 年当時をまねるのではなく、懐古趣味や古典主義、先祖返りでもなく、当初の理由と意図を分析し理解することです。
歴史を勉強してきたからこそ、過去から学ぶことで新しい現代の WIRED をつくることができたのです。
画像提供:WIRED
インタビュアー:クリス・バーカー