執筆:ドリュー・ピアース
このところのニュースの見出しを眺めていると、リモート ワークの時代は終わりつつあり、極端なオフィス勤務時代に回帰する気運が高まっているように感じられます。
大手企業各社の CEO が「オフィス回帰令」を発し、働き方をコロナ前の状態に戻そうとしているのです。そこまではしない企業も、無料のビールやレクリエーションなどの福利厚生で誘惑し、社員をオフィスに呼び戻そうとしています。
しかし、在宅勤務でも生産的に働けることを知った社員を説得し、すっかり慣れ親しんだ柔軟な働き方を捨てさせるのは簡単ではありません。ある企業では、オフィスこそ「文化、人間関係、創造性」が生まれる唯一の場所であるという神話を復活させる動きに反発する社員たちが、「リモートワーク支持」を訴えるための Slack チャンネルを立ち上げています。
一部の研究者は、従業員と雇用主の間で溝が深まっている原因として、明確なポリシーがないことを指摘しています。ですが、ニュースの見出しを眺めるだけでなく深くデータを掘り下げてみると、そこにはもっと複雑な事情があることがわかるはずです。
マッキンゼーの「American Opportunity Survey」によると、リモートワークを支持する声は年齢層や職業、地域を問わず広がっています。調査回答者の実に 58 % が、毎日または日によって在宅勤務できる状態にあると回答し、35 % は、週に 5 日間在宅勤務できると回答しているのです。また 87 % は、柔軟な働き方が認められればその機会を利用すると答えています。
最も注目すべき点は、このような回答が米国内のすべての地域と業種(ブルーカラー職を含む)の労働者から寄せられていることです。企業の間でリモートワークを縮小する動きが進んでいるにもかかわらず、働き手の間でリモートワークを求める声が拡大しているのはなぜでしょうか?
リモートワークの機会に関する調査
2019 年から 2021 年にかけて、米国では主に在宅勤務で仕事をしている人の数が 3 倍に増加しました。同時に、リモートワークの導入は、企業にとって社員 1 人あたり年間 1 万ドル以上のコスト削減につながることも明らかになっています。
実際、完全リモート ワーク制度もいくつかの企業ですでに導入されています。Dropbox もそのうちの 1 社です。Dropbox 初の「バーチャル ファーストの実践」アンケートでは、Dropbox 社員の 93 % が在宅勤務でもしっかりと仕事ができると回答しています。
つまり、問題は「リモート ワークでは仕事ができない」という点ではないのです。リモート ワークは非常に効果的であり、多くの人がリモート ワークで働きたいと望んでいるにもかかわらず、その機会を提供しようとする雇用主が少ないことが問題なのです。
前述したマッキンゼーによる調査の共著者クウェイリン・エリングルッド氏のチームが関心を持っていたのは、ジェンダー、人種、所得、教育、地理的な要因が人々の経済的機会にどのような影響を与えるかでした。「私たちは、新型コロナウイルス感染症の影響が集団によって異なるという点に懸念を抱くとともに、その影響からの立ち直りにも違いがあるのではないかと考えていたのです」とエリングルッド氏は話します。
調査の結果、その懸念は正しかったことが裏付けられました。リモート ワークを希望しながらそれをかなえられない人々が大勢いたのです。特に、女性や子を持つ人々、若手社員は、在宅勤務で働く自由を望みながら、最もその機会に恵まれずにいることが判明しました。
リモート ワークは非常に効果的であり、多くの人がリモート ワークで働きたいと望んでいます。
一方、技術や経営、金融に関わる職に就いている人々は、その技能が高く評価されるため、柔軟に働く機会をより多く得ることができています。リモート ワークが今後どうなるかは、このような立場にある人々が左右することになるでしょう。そして企業がこの種の分野で有能な人材を獲得して自社にとどめるためるには、柔軟な働き方を認めることが必要になります。
つまり特定の業種で働く人々には、リモート ワークの将来を決定付ける潜在的な影響力があり、それが他の集団や業種に波及効果をもたらす可能性があるということです。
「これは多くの人事方針と通じるところがあります」とエリングルッド氏は説明します。「同業他社の多くが、産休や育休の期間を長くしたり福利厚生を充実させたりすれば、人材獲得競争で後れを取らないために自社も同じ方針をとらざるを得なくなります。それと同じことです。」
テクノロジーはリモート ワークの機会を増やすか?
Zoom や Slack、Dropbox Capture などのツールの登場で、ナレッジワーカーが在宅勤務しやすくなったように、ブルー カラー職のリモート ワークを容易にするテクノロジーも登場の兆しが見えています。
「すでに仕事に影響を与えているオートメーションですが、コロナ禍の 3 年間でその勢いはさらに加速しています」とエリングルッド氏は指摘します。
工場で働く人々が自宅から機械を監視することはまだできませんが、一部の作業をリモートから実施するテクノロジーは遠からず登場する可能性があります。
エリングルッド氏は言います。「たとえば、工場勤務の品質管理チームについて考えてみましょう。その人たちは全員で工場にいる必要はあるでしょうか?サポート チームは交代で働けるでしょうから、何人かは工場で指導をし、何人かは工場で検品する必要があっても、全員が毎日現場で勤務する必要はないはずです。」
エリングルッド氏は、顧客サービスとセールス、食品提供サービス、製造、オフィス サポートと補助という 4 つの職種が、今後 2030 年までに導入されるオートメーションとそれに伴う職業転換の約 8 割を占めるだろうと予想しています。
今後 AI がリモート ワークに与える影響について、エリングルッド氏は、AI をはじめとするテクノロジーによって社会で必要とされるスキルが変化しつつあると指摘します。これから数年のうちに手作業の需要が減り、技術的なスキルと社会的なスキル、感情的なスキルに対する需要が高まっていくというのが同氏の見立てです。
「単純な問題解決作業はこれからあまり必要とされなくなるでしょう。将来的には、AI が人間よりも手早く、場合によっては人間よりも正確に作業をこなすようになるからです。」(エリングルッド氏)
生産性をもっと効果的に測定するには
この数年間、私たちは感染症対策として在宅勤務に取り組んできました。そして今ようやく、リモート ワークを永続的な選択肢として検討できるようになりつつあります。そして、コロナ禍の間に労働時間が長期化し、多くの人が経験してきた燃え尽き症候群を軽減する力を秘めた選択肢として考えることも可能になります。
この数年間、私たちは感染症対策として在宅勤務に取り組んできました。そして今ようやく、リモート ワークを永続的な選択肢として検討できるようになりつつあります。
仕事をするのに通勤の必要がなくなった結果、多くの人は自分でも気付かぬうちに長時間仕事をするようになってしまいました。オフィス回帰が叫ばれる中、同じペースで働き続けることはできるだろうかと不安に思う人もいます。「必要以上の仕事をしない、がんばりすぎない働き方が話題になる一方、今の状態を何年も続けることはできないと感じている人もいます。この先持続できないほどの猛烈さで働いている人もいるのです。」(エリングルッド氏)
一方、オフィスで部下を監督することに慣れていた管理職は今でもリモート ワークには懐疑的です。在宅勤務でも生産的に働けるという研究結果が出ているにもかかわらずです。では、働く場所に関係なく、タイム カードに記録された勤務時間ではなく達成した成果を重視するよう管理職を説得するにはどうすればいいのでしょうか?
生産性を測定するもっと効果的な方法が見つかれば、社員の雇用維持や意欲と生産性の向上に最も適した働き方を正確に判断できるようになるはずです。テクノロジーがさらに進化し、オフィスにいなくても効率的に働けるより良い方法が登場すれば、管理職の人々も安心して社員の柔軟な働き方を認められるようになるでしょう。
「この問題に特効薬はありません」とエリングルッド氏は指摘します。「今後数年で、さまざまな業種や企業文化に適した方法が生まれてくると思いますが、その先にもっと明確なベスト プラクティスが確立されることを期待しています。」
*本ブログは、2023年3月14日に公開されたブログ記事の翻訳版です。