〜フリシケシュ・ヒルウェイ氏が番組の舞台裏を語る〜
アーティストというのは、常日頃から創作活動のための資金確保の方法を模索しているものです。では、その創作活動を支えるはずの副業が本業を押しのけるほどの成功を収めてしまったら、いったいどうなるのでしょうか。
これは、ミュージシャンでありながら自身が運営するポッドキャスト「Song Exploder」が大人気となってしまったフリシケシュ・ヒルウェイ氏が直面する「うれしい悩み」です。7 年間で 200 以上のエピソードを公開した同ポッドキャストは、今では Netflix で同名の番組(邦題は「Song Exploder -音楽を紡ぐ者-」)としても配信されているだけでなく、他の数多くのポッドキャストを生み出すきっかけにもなりました。その結果ヒルウェイ氏は、1 週間のうちかなりの時間をポッドキャストの制作に取られるようになり、自身の音楽活動に費やせる時間がほとんど残らなくなってしまったのです。
しかし、ミュージシャン/デザイナーとしてのフリシケシュ・ヒルウェイがいなければ、ポッドキャスト制作者/メディア起業家としてのフリシケシュ・ヒルウェイも存在していなかったかもしれません。ヒルウェイ氏のキャリアは一本道ではなく、大学時代はグラフィック デザインと写真を学ぶかたわら、趣味として音楽活動に取り組んでいました。「この 3 つの手段を使って、自分の中にある特定の感覚や自分が何者であるかを表現しようとしていました」とヒルウェイ氏は当時を振り返ります。「特に音楽は、それを最も直接的に表現できる手段だったように思います。」
ミュージシャンとしてのヒルウェイ氏は、「The One AM Radio」というプロジェクトで 20 年以上コンスタントに活動しています。大学卒業後は、数枚のアルバムを制作し、ツアーを行い、テレビ番組や映画、広告に楽曲を提供。自分のためのレコーディングを行い、インディーズ レーベルと契約するなど、経済的な安定を得るまでには至らなかったものの、ある程度の成功を収めてきました。
副業を考える
ヒルウェイ氏は当初、ポッドキャスト「Song Exploder」を安定した収益の得られる副業と考えていました。運営資金を出してくれるのではないかと期待して、オーディオ メーカーやストリーミング サービス各社(この当時、ポッドキャスト サービス会社はまだ存在していませんでした)にアイデアを売り込んだものの、期待したような返事はもらえなかったそうです。「それでも、これは絶対モノになるという確信がありました。どこもお金を出してくれないのなら、しばらくの間 1 人で試行錯誤し、どういう結果になるか見てみようと思いました。そこで、1 年という期限を自分に設けたのです。」
当時のヒルウェイ氏は The One AM Radio の活動と並行して、デザイナー、そして映画音楽の作曲家としても仕事をしていました。つまり「Song Exploder」はさまざまな点で、同氏が普段から請け負っている単発的な仕事と同じようなものだったのです。音楽活動とは対照的に、「Song Exploder」では、自分が前面に出ないよう細心の注意を払っていました。
ミュージシャン/デザイナーとしてのフリシケシュ・ヒルウェイがいなければ、ポッドキャスト制作者/メディア起業家としてのフリシケシュ・ヒルウェイも存在していなかったかもしれません
筆者のように、ヒルウェイ氏自身の姿も目立つ Netflix 版「Song Exploder」をきっかけにポッドキャストを聴くようになった立場からすると、後者ではほとんど彼の存在感がないことに驚かされます。Netflix のエピソードでは、スタジオでアーティストの話を聞きながら、テーマになっている楽曲のベース トラックをノート パソコンで流すヒルウェイ氏の姿を目にすることができます。一方ポッドキャスト版では、同氏の声はエピソードの冒頭と終わりに入るだけで、インタビュー中の音声からは完全に取り除かれているのです。
ポッドキャストをこのような構成にしたことは、ゲストのミュージシャンに焦点を当てるという想定どおりの効果に加え、想定外の影響をヒルウェイ氏にもたらしました。多くのポッドキャストは公共ラジオ局と同様の資金調達モデルを採用しており、リスナーから直接寄付を募っています。
「Song Exploder」をはじめ、ヒルウェイ氏が運営するポッドキャストは Radiotopia で配信されていますが、同プラットフォームが主な資金源としているのは年 1 回の寄付活動です。「寄付モデルは、人々がクリエイターとの親密な結び付きを感じている場合にはとてもうまく機能します」とヒルウェイ氏は話します。「しかし『Song Exploder』では、エピソードの構成において意図的に自分自身の存在を消しています。そのため資金調達という面では、あまりうまくいっていないのです。」
ヒルウェイ氏が驚いたのは、自身の存在が番組から薄れると、リスナーはそれと同じだけ自身の不在を寂しく感じるということです。これが起きたのは、Netflix の番組収録のため、ポッドキャストに代役を立てたときのことでした。Netflix の番組制作にどれだけの時間を取られるかわからなかったため、ポッドキャストのインタビュアー役をミュージシャンのタオ・グエン氏に依頼したのです。
編集と制作は引き続きヒルウェイ氏が行っていましたが、各エピソードに挿入される短い導入部にはゲスト ホストのグエン氏が登場しました。「これがリスナーの間に困惑を広げる原因になってしまいました」とヒルウェイ氏は振り返ります。「私がポッドキャスト制作に関わるのをやめたと勘違いされてしまったのです。」
これは単なるブランディングの問題ではありません。自分自身の存在に依存しないよう番組を意図的に構成していたヒルウェイ氏にとって、自分の不在が注目されるのはむしろ好ましくない状況でした。しかし幸い、リスナーの困惑はすぐに落ち着きます。「このときデザイナーとしての私は、喜ばしい気持ちを感じました。というのも、番組の構成やリスナーの受け止め方について、『何が十分であれば、誰か別の人が私の代わりにホストを務めても、それまでと同じ番組であるように感じられるか』がわかったように思えたからです。」
ポッドキャストが人気を集める理由
現役のミュージシャンでありソングライターであるヒルウェイ氏の存在は、番組のゲストがリラックスして心を開く大きな要因になっています。ゲストと同じボキャブラリーで話ができ、楽曲の細かな点に気付くことができ、信頼関係を築けるという点が、ポッドキャストの親密な雰囲気につながっているのでしょう。
ビリー・アイリッシュ氏と、その兄で作曲のパートナーであるフィニアス氏が登場した最近のエピソードでは、先ごろグラミー賞で年間最優秀レコード賞を受賞した「everything i wanted」が取り上げられました。「everything i wanted」は、2018 年、アイリッシュ氏が陰鬱とした時期を過ごし、自殺の夢を見ていたころに生まれた楽曲です。完成までに約 1 年を要したという事実が時間的な深みをもたらし、ただひたすらに楽曲の表現力を高めています。
しかしヒルウェイ氏は、ポッドキャストの冒頭、自殺の夢については深く触れず、淡々とした口調でエピソードを紹介します。本編では、フィニアス氏がオープニングのピアノ パートでサイドチェイン コンプレッションを使い、アイリッシュ氏の歌を補うのにぴったりな「カラー パレット」効果を得たと解説。内面の深い感情を表現した楽曲でサイドチェインを用いることで、シンプルなピアノのメロディを、第 1 ヴァースの途中でようやく聞こえてくるほんのわずかな音量のバス ドラムに合わせて揺らすことができたと語っています。
このように、ミュージシャンが音楽制作テクノロジーを駆使していかにして楽曲の奥深さを引き出しているかを聞き出すことが、おそらく「Song Exploder」の最大のテーマなのでしょう。この職人技を重視する姿勢は、エピソードの編集作業にも当てはまります。エピソードの長さが 1 時間を超えることの多いポッドキャスト界にあって、「Song Exploder」の再生時間は 20 分程度に過ぎません。しかもこれは、エピソードの最後にフル尺で流される楽曲の再生時間を含む数字です。
現代のポップ ミュージックの多くがそうであるように、ポッドキャストが充実していると感じられるかどうかは、編集に締まりがあるかどうかが大きく影響します。「個人的に、それはデザインと通じるものがあると感じています。私は効率的なものが好きなのです」とヒルウェイ氏は言います。ポッドキャストの編集作業では、90 分間のインタビューと楽曲についての資料を手元に置き、それを最も本質的な要素に切り詰めていきます。「この材料を、私の考えで情報の密度が最も高くなるように濃縮していきます。そしてそれを、何も知らずに番組を聴く架空のオーディエンスでも理解できるような形に編集していくのです。」完成したポッドキャストは、ごく自然で落ち着いた印象になりますが、それが可能なのはヒルウェイ氏がニュアンスとタイミングに細心の注意を払っているからなのです。
この作業には、ヒルウェイ氏自身のこれまでのレコーディング経験がすべて反映されています。「私は常に、作品をあるべき姿にしよう、その最良のバージョンに仕上げようと全力を尽くしてきました」とヒルウェイ氏は自身の「DIY」レコーディング プロセスについて説明します。「自分の過剰なほどの几帳面さを、何とか現実的なところに落とし込もうとしてきたのです。」このプロセスには技術的な側面も多々ありますが、それもすべて感情に訴えることが目的なのだといいます。
「私はいつも、人々が共感できるような形でストーリーを伝えようとしています。リスナーの関心を引きそうな部分と楽曲やアーティストへの親近感を呼びそうな部分を残し、疎外感を与えかねないところは取り除きます」とヒルウェイ氏は編集プロセスを明かします。多くのソングライターが楽曲のアイデアを記録するために使っているようなボイス レコーダーを再生しながら、フィニアス氏が言うところの「形のないものを具現化」していく作業がお気に入りなのだそうです。ヒルウェイ氏はこの編集プロセスを、ソングライターがよく言うように、「完成図のないジグソー パズルを組み立てるようなもの」と表現しています。
「Song Exploder」の成功を契機に仕事が増加
「Song Exploder」の成功は、他にも多くの仕事をヒルウェイ氏にもたらす結果となりました。たとえば、テレビ ドラマ「The West Wing(邦題:ザ・ホワイトハウス)」を題材に、週 1 回配信のペースで 4 年間続いたポッドキャストもその 1 つです。このポッドキャストでは、ヒルウェイ氏がリン=マニュエル・ミランダ氏と共作した曲がテーマ ソングに使われていました。ヒルウェイ氏はここで、友人であり「The West Wing」にも出演していた俳優ジョシュア・マリーナ氏と会話形式の共同ホストを務めています。それまでとは異なる種類の役割が求められる仕事でしたが、とても楽しい時間だったとヒルウェイ氏は振り返ります。
ヒルウェイ氏が仕事を選ぶ際には、「それを楽しめるかどうか」が大きな判断材料になっているようです。「単純に、そのアイデアに強い興味を引かれるかどうかがポイントになります」とヒルウェイ氏は言います。「その番組作りに関わりたいという強い意欲を自分が持てなければ、リスナーにもその番組を聴きたいという気持ちになってもらえないでしょうから。」
また、新しい仕事を引き受ける機会費用も強く意識します。「新しい仕事を始めれば、他のことをする時間が失われるわけですから、機会費用を考慮するのは当然です。たとえば、睡眠時間に影響はないか、自由時間がゼロになるようなことはないかを検討します。」
現役のミュージシャンでありソングライターであるヒルウェイ氏の存在は、番組のゲストがリラックスして心を開く大きな要因になっています。
この条件をクリアして始めたプロジェクトの 1 つが、「Salt, Fat, Acid, Heat」の著者サミン・ノスラット氏と共同ホストを務める、ステイ ホーム時代の料理ポッドキャスト「Home Cooking」です。「サミンと一緒にポッドキャストをやるなんて楽しいに決まっていると最初からわかっていました。普段から、2 人でおしゃべりを楽しんでいましたからね。」
「Home Cooking」は聴く方も実に楽しめるポッドキャストです。ノスラット氏は、冷蔵庫やパントリーにあるもので料理をするお役立ちアイデアを山ほど持っているのですが、こうした情報はポッドキャストが始まった 2020 年 3 月の状況にぴったりのものでした。そのころ、米国で最初の外出禁止令が発せられ、多くのスーパーマーケットで豆の缶詰やパスタが品薄になっていたからです。2 人とゲストの間に漂う親密な雰囲気は、社会的な隔離を余儀なくされた人々を癒やす安らぎとなっていました。
ただ、このポッドキャストの制作には当初の想定よりも多大な労力が必要でした。「1 時間のエピソードを作り上げるには、素材として 3~4 時間分の録音が必要です。エピソードの構成と流れに強くこだわり、ただのんびりと時を過ごしているかのような雰囲気にすることを心がけていました」とヒルウェイ氏は制作の舞台裏を明かします。このポッドキャストは、普段よりも料理の機会が圧倒的に増えた人々の現実的なニーズに応えるものになるだろうとヒルウェイ氏は当初から考えていました。ただ、ヒルウェイ氏らが念頭に置いていたのはそれだけではありません。「ポッドキャストを聴くという体験には、うれしさ、楽しさ、親密さ、心地よさを感じる何かがあるということを少しでも知ってもらいたいと思っていました。特に、ひたすら家にこもることを余儀なくされている人々にそう感じてもらいたいという気持ちがあったのです。」
料理をすることと、音楽やポッドキャストを制作することは、決してかけ離れた作業ではありません。どちらも経験を積むにつれて、ないがしろにしてはいけない細部と、省略してもかまわない工程がわかってきます。「Home Cooking」の場合、会話部分の録音は間違いなく楽しい作業でしたが、その後には膨大な編集作業が待ち受けています。ヒルウェイ氏は、この編集作業にまつわるある裏話を教えてくれました。あるエピソードでの会話が、ノスラット氏の長い笑い声で終わっていたのだそうです。「彼女の笑い方は誰もが魅力を感じるもので、実際とても愛嬌のある笑い方なのです。しかし編集作業中の私はこんな風に考えました。この部分を編集して別の笑い声を挿入したら、その瞬間に確かに楽しいことが起きていたとリスナーに伝えつつ、次の場面との流れをもっとスムーズにできるんじゃないか、と。」
音楽制作のための時間を取り戻す
もし運が良ければ、アーティストの創作物は命を吹き込まれて人々に受け入れられていきます。しかしほとんどのアーティストはオーディエンスを見つけることに苦労し、見つけられずに終わるのが現実です。ほとんどのスタートアップ企業も、市場のニーズに合致した製品を作り出せずに終わりを迎えます。もし運が良かったとしても、すぐに別の問題に直面します。自らの成功が引き起こす過大な要求にどう応えるか、という問題です。
2020 年が終わり、ひっそりと 2021 年を迎える中で、ヒルウェイ氏は今こそ変化の時だとはっきり自覚しました。「自分自身の音楽とは関わりのないプロジェクトを減らす必要がある」と決断するに至ったのです。多くのプロジェクトが 2020 年に終了し、ヒルウェイ氏は自分に言い聞かせました。「よし、今年はスケジュールを見直して、自分の原点である音楽のための時間を作ろう。」
まず、1 週間のうち 1 日、毎週金曜日を自分の音楽制作のために確保し、1 年で何ができるかを確かめることにしました。「私はこれまで、創造性というものは普段は自分の周囲に漂っているだけで、何かひらめきが起きたときにしか創作活動を行うことはできないと考えていました。しかし『Song Exploder』を通じて、私がインタビューをしたアーティストの多くは、作品を作り上げるにあたって強く自分を律していることを知りました。それに、ひらめきは自分でコントロールすることができません」とヒルウェイ氏は話します。ソングライターとしてのヒルウェイ氏が自分を律する、つまり創作のための時間を確保することは、自分のアイデアと向き合うことにつながります。「まずは週に 1 日からです」とヒルウェイ氏はため息交じりに話します。「それでも、1 日もないよりはマシなはずです。」
本ブログは、2021年4月に公開されたブログ記事の翻訳版です。