執筆:ドリュー・ピアース
ナラティブ デザインの分野では、建築物は決して単なる空間ではありません。ATELIER BRÜCKNER(アトリエ・ブルックナー) にとって、それは物語が始まる場所です。
ドイツのシュトゥットガルトを拠点とするこのデザイン事務所は、ミュンヘンの BMW、ギザの大エジプト博物館、NASA のコンサルタントの協力の下で想像力をかき立てる展示を作り出したドバイの未来博物館など、世界中のクライアントのために大規模な没入型インスタレーションを生み出しています。
同事務所は AI、VR、コラボレーション ツール(Dropbox Replay や Dropbox Paper など)を使用して、建築とデザインの境界線を押し広げています。実際、アソシエイト パートナーのラナ・ルメイリー氏は、同事務所の目標は壮大な空間をデザインすることだけではないと話します。目指すのは、別の部屋ではなく別の世界に足を踏み入れるような感覚をもたらす「ポータル」を作ることです。
同事務所は、博物館という空間で芸術品を鑑賞することに必ずしも満足していない新世代を引き付けるために、技術を継続的にアップデートする必要に迫られています。人々にスマートフォンから顔を上げさせるには、紛れもなく説得力のあるものを作る必要があることを理解しているのです。
ルメイリー氏とシニア エキシビション デザイナーのビョルン・ミュラー氏に、Dropbox と新しいテクノロジーを活用して空間を没入型の領域へと変える方法について話を聞きました。
ここ数年で業界はどのように変化しましたか?
ルメイリー氏: 拡張現実から仮想現実、よりインタラクティブなディスプレイ、新しいテクノロジーまで、展示や体験におけるテクノロジーの連携が進んでいるという意味において、業界全体が大きく変化したと言えるでしょう。しかしまた、ここで話題にすべきなのは仮想空間やデジタル ツインです。
これまでは人々が建築物へ足を運んでいました。今では、建築物や空間が人々のもとにやって来ます。そのため、間違いなく、ナラティブ デザインは格段にアクセスしやすくなっています。このようにして、テクノロジーによってナラティブ デザインに変革がもたらされ、付加価値が与えられたと言えるでしょう。ナラティブ デザインや文化セクターは、以前からずっと、ある意味であらゆる人を対象としたものではありませんでした。できる限り多くの人々にアクセスしやすくすることは非常に重要です。なぜなら、こうすることで成長と文化交流が生まれるからです。
また、現在、博物館では芸術品やオブジェに重きを置かない傾向が強くなっており、カスタマイズや体験をより重視するようになっていると言えるでしょう。そのため、そこでは個人がはるかに重要な役割を担います。鑑賞者には積極的に参加することが求められます。当事務所では常に、鑑賞者を引き付けて中心に据える拡張的な体験を生み出しています。鑑賞者の体験は、鑑賞者自身によって決まります。
当然ながら、現在のテクノロジーによって、こうした体験の実現性はさらに高くなっています。開発中の AI ベースのツールを使用すると、鑑賞者の好みに特化したコンテンツを楽しめます。たとえば、物理的な空間を体験している場合は、鑑賞者の好みに基づいて、聴覚、視覚、さらには照明の観点からコンテンツをカスタマイズできます。選択肢は無限です。
「開発中の AI ベースのツールを使用すると、鑑賞者の好みに基づいてコンテンツをカスタマイズできます。」—ラナ・ルメイリー氏
AI と機械学習を創造的プロセスに採り入れ始めていますか?
ルメイリー氏:はい。当事務所は ChatGPT や Jasper と連携して、トピックの調査、マインド マップの作成、思考の整理、プレゼンテーション用の基本的なテキストの作成、コンセプトの共有を行っています。Miro でも、プロセスのブレインストーミングの部分に使用しています。
それから、Stable Diffusion や Midjourney などのイメージング システムを使用しています。DALL-E を使用することもあります。当事務所では主にそれらを、創造的プロセスの開始、ムード ボード パレットの作成、思考の開始や促進、スタッフの間での要素の共有、コンセプトの説明が必要な場合に使用しています。
現時点では、作業の最初の段階で使用しているため、他の段階とはまだ完全に連携されていません。プロトタイプ作成や最終図面の作成、予算編成、プランニング、さらには AI を使用した鑑賞者のフィードバック分析にこうしたツールをどのように役立てられるのかを確かめることに興味があります。
これらの技術には成長と拡大の機会がたくさんあり、だからこそ興味深いのですが、今はまだ始めの段階です。今の当事務所の役割は、いかにしてナラティブ デザインへの適用を進められるか、またどうすれば適用をさらに推進できるかを確かめることだと思います。
貴社はテクノロジーのアーリー アダプターであると思いますか?
ルメイリー氏:ATELIER BRÜCKNER は大規模なオフィスです。誰もが自分なりのやり方を持っています。たとえば、私たちのチームはテクノロジーに夢中になっています。他のチームは手作業の美しさも大切にしているため、今でも VR ゴーグルを使用するのではなく、美しいモデルを作成しています。一方で、他にも VR を使用し、クライアントを宇宙空間などに導くチームもあります。このような差がまだ残っていることが、大きな付加価値をもたらしていると思います。というのも、当然ながら、自ら過去から学び、それをプロセスにとどめるのではなく、過去を手放してしまった瞬間に、全体的に幾分かの空虚さが生まれるからです。
私からすると、大きな可能性があると思います。当事務所で今使っている AI ツールについては、その AI ツール単独で価値を発揮したり、何かを作ったりできる段階には達していないと考えています。しかし、現時点では、それらはプロセスを推進するために存在していると思っています。当事務所の日常的なプロセスにおいて、リサーチをする、その場の状況を把握して自分が伝えたいことを理解してもらえるように同僚たちと共有する、といった退屈なタスクがいかに高速になっているかが、目に見えてわかります。場合によっては、創造的なひらめきをもたらしてくれることもあり、プロセスが格段に効率化されています。
ミュラー氏:これは、ChatGPT と Midjourney が登場した直近の半年間に直接つながります。当事務所は、これを自分たちに適したツールにするための方法を本格的に注視しています。どうすれば ATELIER BRÜCKNER のプロセスの延長線上にこれを位置付けられるでしょうか?また、あらゆる種類のイメージだけでなく、当事務所のイメージを出力するには、このツールをどのように方向付ければよいでしょうか?というのも、そのすべての裏側には、信念があるからです。
「未来博物館では、プロセス全体でアーティスト、技術者、科学者とコラボレーションしました。」
貴社でのブレインストーミング、反復処理、コンセプトに関する合意形成のプロセスについて教えてください。
ミュラー氏:このプロセスは、常にリサーチ、つまり私たちが実際に話している内容についてのアイデアを得ることから始まります。時には、すでにひらめきが得られていて、「これがエレメントになり得るかも」といったアイデアもいくつか浮かんでいることがあります。そうしたら、いくつかの断片やピースをつなぎ始めます。
私が常に思っているのは、構造について考える必要がないため、Dropbox Paper はこの段階にかなり役立つということです。正解も不正解もありません。同僚を招いて理解を深めるプロセスを実施し、ラナさんが「さて、これと関連性があるのはおそらく…」などと言葉をはさみます。その後、内容の整理や要約を始めて、何が理にかなうのか、そして何が私たちの伝えたい物語に役立つのかを把握します。
その最初のアイデア出しに関するドキュメントをクライアントと共有していますか?
ミュラー氏:その段階では共有しません。参照資料の 80 % は、私やアイデアを出した者にのみ意味があるものだからです。
ルメイリー氏:ただし、クライアントにもよります。ATELIER BRÜCKNER はとても柔軟に対応しています。チームや構造、働き方は、さまざまなチームやクライアントが好む働き方に合わせて変化し、適応します。そして、共同作業が重要です。Dropbox や、オフィスの他のチーム メンバーが使っているその他のツールなど、アイデアの共有やコラボレーションが可能なツールを当事務所はよく使用しています。
それ以外には、プランニング、編成、スケジュール作成、会議があります。現時点では、それらに使用するツールが非常に多くありますが、当業界では合理化されていません。異なる団体と共同作業をするたびに、たとえば Notion と Merlin など、使用するプランニング ツールも異なるため、それらが合理化されたら素晴らしいと思います。
ですから、Dropbox が現在提供しているものがそうだと思いますが、すべてを連携できるものがあれば素晴らしいでしょう。なぜなら、プロセスの大部分は、分野をまたがった調整や関係者との調整であるからです。特に今では、誰もがリモートでさまざまな場所から作業しています。
「このプロセスは、常にリサーチ、つまり私たちが実際に話している内容についてのアイデアを得ることから始まります。構造について考える必要がないため、Dropbox Paper はこの段階にかなり役立ちます。」—ビョルン・ミュラー氏
最近のプロジェクトにおけるコンセプトの作成過程について、事例を教えていただけますか?
ルメイリー氏:当事務所のプロセスは、クライアントと同席し、彼らのビジョンや心に描いていること、そして、取り組んでいる特定のテーマやコンテンツをどのように解釈したいかを共有するコンテンツ ワークショップを設けることから始まります。そこから、これをさらに集約的または歴史的なコンテンツに転じさせた後、それを形作り、ナラティブな空間コンテンツに変換します。プロセス全体を通して、まずはこうしたコンテンツをどのように空間的に形成し、メディア、グラフィック デザイン、照明デザイン、サウンド デザインを通じて強化できるかの想像を始められるよう、あらゆる異なる分野を巻き込みます。
もちろん、これは難しいトピックです。経験していないものや、まだ存在しないものを定義するには、どうすればよいのでしょうか?昨年オープンしたドバイの未来博物館を例に挙げると、このためにプロセスの全体で、ATELIER BRÜCKNER 内のさまざまな分野にわたる人材だけでなく、アーティスト、技術者、科学者ともコラボレーションをしました。NASA のコンサルタント、バイオ エンジニア、遺伝子エンジニアなどと協働し、彼らと共に、2071 年の未来がどうなるのか想像しようとしました。
こうした未来の可能性を想像した後、私たちは鑑賞者を宇宙の未来、地球の未来、内なる自己の未来へと導いた後、その体験を鑑賞者自身や鑑賞者の感覚に還元し、相互に結び付けるための内なる世界を作り上げました。この展示が存在するのはドバイの未来博物館内の空間ですが、その中で、鑑賞者は他の広大な空間へと完全に導かれるのです。
多くの場合、私たちが空間やコンテンツを空間的なナラティブに変換すると言うと、クライアントは空間が必要だと考えている場合でも、その考えが完全に変わってしまうことがあります。つまり、私たちがコミュニケーションを取っている相手や、伝えようとしていることによって変化する可能性があるのです。また、私たちは常にクライアントとそうしたものを作っています。
仕事の特に楽しい部分について教えてください。
ルメイリー氏:私にとって特に楽しいのは、この転移のコンセプトです。交流するのがアーティスト、メディア デザイナー、プロダクト デザイナーのいずれであっても、とても刺激的です。毎回、さまざまなトピックを掘り下げて、歴史、人類学、ブランドなど、取り組んでいる分野に精通した人々に会う必要があります。続いてコラボレーションをする必要がありますが、時には役割の切り替えが求められます。そのため、私は転移と呼んでいます。具体的には、異なる分野間で役割を切り替え、役割から学び、役割と関わります。そして、その都度、何か新しいものを生み出します。私にとって、この真にコラボレーションを重視した作業は、常にとても刺激的で、多くのことを学べます。
ミュラー氏:間違いなく、このプロセス全体にわたって私が楽しんでいることなのですが、デザイン プロセスごとにまったく異なるインプットを得られること、そして同時に、特定のトピックを咀嚼して、「どうやら理解できた」という感覚を得られる境地に真に達することができることです。そうすれば、形にすることができます。最終的には、実物を見て、これがこの特定のタスクやトピックにとって絶対に正しく最適な成果であると考えられる成果物を手にしています。運が良ければ、クライアントも同じように考えています。
ルメイリー氏:新しいテクノロジーでもう 1 つ興味深いのは、毎回、コンテンツの転換にどのような感覚刺激ツールを使うのかを考えることです。現在は、選択肢が豊富にあるからです。メディアによってアプローチが誘導されてしまうという事態が簡単に起こり得るため、毎回決めるのは困難です。私たちは通常、空間全体のプロセス、つまり空間内の物語を案内するためではなく、それを進行させるためだけにメディアを使用しようとしています。そのため毎回、特定の感情を喚起し、鑑賞者に感情的なエンゲージメントを生み出して、対象物や周囲に対する自己移入と相互の自己移入をもたらすツールを見出しています。
※このインタビューは、編集および要約されています。2023 年 7 月 25 日(米国太平洋標準時間)に公開されたブログの翻訳です。