「分かれ道に来たら、とにかく進め」。米大リーグには、こんな言葉を残した名選手がいます。現実でも意思決定がそんなに簡単なら、私たちの人生はどれほど楽でしょうか。私たちは毎日、膨大な選択肢を比較検討し、情報を精査するのに数え切れないほどの時間を使っています。その結果、全体像を見失い、時機を逸するという失敗を何度となく繰り返しています。分かれ道にぶつかると、進むどころか思考が麻痺し、意思決定を下せないままになってしまうことが少なくありません。
では、この「考えすぎ問題」に対処するにはどうすればよいのでしょうか?1 つの対処法として、いつまでも検討し続けるのではなく、すぐに着手できる活動をすぐにやるという方法があります。アマゾン CEO のジェフ・ベゾス氏は、株主宛の手紙の中で、めまぐるしく変化するビジネス環境で成功を収めるためには、すばやい意思決定が欠かせないとしています。質が重要であるのはもちろんですが、立ち止まるよりは、失敗しながらでも前に進む、つまり短時間で決断を下し、失敗から学び、前に進んだ方がよい、というのがベゾス氏の考えなのです。
もし今度、考えすぎの状態(専門用語で「分析麻痺」と呼ばれる状態)に陥ってしまったら、次の 3 つのアプローチで問題を整理し、冷静さを取り戻してみてください。
問題 -1 :完璧主義すぎて、遅い
野心的でノルマ以上の業績を上げるビジネス パーソンは、高い目標を掲げ、決して立ち止まらないことを誇りにしています。しかし、こと意思決定に関しては、最善をとことん追求する姿勢が機会損失をもたらす場合があります。たとえば、完璧なビジネス パートナーシップを目指すあまり、得られたはずの利益を失う、あるいは細部にとらわれて製品投入が遅れ、競合他社にシェアを奪われる、といったケースです。
とことん考えることが、よりよい選択につながる場合もあります。しかしある研究によると、過剰な調査はむしろ、意思決定の質にマイナスの影響を与え、選択能力と結果に対する満足度の低下という問題を引き起こすとされています。皮肉なことに、完璧を求めて調査すればするほど、下される決断の質は往々にして平均以下となってしまうのです。
なので、完璧を目指すのではなく次に書いていること「これならいいだろう」というラインを考えてみることをオススメします。
解決策 -1:「これならいいだろう」というラインを目指す
経済学者のハーバート・サイモン氏は、結果を最大化するのではなく、条件を満たすことに焦点を当てる意思決定のあり方として、「満足化」という概念を提唱しています。「満足化」では、ある基準が満たされた時点でそれ以上の検討をストップします。一方、「最大化」では、「最善の答え」が見つかるまで、選択肢の検討をやめません。この 2 つのアプローチのうち、最大化では、満足化に比べて意思決定を先延ばしにしやすく、選択に対する後悔が大きくなる傾向があります。
では、最大化の追求をやめるにはどうすればよいのでしょうか。そのためには、完璧主義の背後には「取り返しのつかない過ちを犯すことへの恐れ」があることを理解し、そのような事態に陥る可能性が実際にどれだけあるのかを検討するのが有効です。ベゾス氏によれば、「多くの意思決定は、反対側にも開くことのできる、双方向のドアのようなもの」であり、取り返しのつかない過ちなどではない、と言います。責任を分かち合い、リスクを許容する文化があれば、完璧主義者でも、最善ではないが「これなら十分でしょう」という選択肢を選べるようになります。
問題 -2:選択肢が多すぎる
選択肢が無数にあることは、一見、良いことに思えるかもしれません。でも実は、仕事における多くの場面では、流れを妨げ、勢いをそぎ、ストレスを増やす原因となります。心理学者のバリー・シュワルツ氏は、著書『The Paradox of Choice: Why More Is Less』(邦題:なぜ選ぶたびに後悔するのか – 「選択の自由」の落とし穴)の中で、多すぎる選択肢は後悔と不満の原因になると指摘しています。また、膨大な選択肢に囲まれた意思決定者は、選択を誤るか、意思決定を下せなくなるという研究もあります。
選択肢がたくさんある状況には、「収穫逓減(しゅうかくていげん)の法則」(資本や労働の追加によって増加するメリットは、ある時点を超えると徐々に減少するという法則)が当てはまるという問題もあります。
たとえば、少数の求人応募者の中から時間をかけずに採用者を選び出した場合はそれなりの満足度が得られるのに対し、半年もの時間と 30 回もの面接を経て採用者を選んだ場合に、投資対効果が低いように感じられるのは、この収穫逓減の法則によります。
解決策 -2:目標を明確にする、選択肢を減らす
選択肢がむやみに増えるのを防ぐには、規律と事前の対処が必要となります。まずは、達成したい目標を明確にしましょう。「ページ ビューを増やす」ではなく、「子供のいるマイ ホーム所有者からのページ ビューを増やす」といった具合です。目標が何であれ、それが明確になれば、選択肢を評価して、目標に合わない選択肢をすばやく除外するための確固たる基準を設けることができます。
基準を確立できたら、これを基に選択肢を検討します(この時点で、選択肢をできるだけ少なくしておくことも重要です)。選択肢の絞り込みが恣意的になってしまうと感じられる場合は、足切りの基準を作ってそれを絶対に守るようにしましょう。十数社のソフトウェア ベンダーを指標別に評価するのではなく、はじめから数社に絞り込んでおけば、評価作業はずっと楽になります。また、デザイン案を無期限に募集するのではなく、2 週間で応募を締め切れば、選択肢を多くせずに済むはずです。
それでも選択肢が多すぎる場合は、チームを「絞り込み担当」と「選択担当」の 2 つに分けてみてください。「絞り込み担当」グループは、幅広い選択肢を綿密に評価したうえで、最終候補を選び出します。一方、「選択担当」グループは、最終候補の中から最良の選択肢を選び出します。このようにチームを分けることで、「絞り込み担当」グループは最終的な意思決定を下すプレッシャーから解放され、「選択担当」グループは膨大な選択肢を絞り込むストレスから解放されます。Win-win、というわけです。
問題 -3:意思決定をする場面が多すぎて、疲れる
もしあなたが「満足化」の達人であっても、意思決定を下す場面があまりにも多いと、疲弊してその能力を十分に発揮できないかもしれません。一般に、その日最後の会議では、議論が堂々巡りとなり、誰一人として意思決定に必要な積極性を発揮しなくなるといわれていますが、この認知的な疲労の蓄積効果は、たとえば自動車の購入に関する調査でも確認されています。購入者は、装備について下す意思決定が多ければ多いほど、標準のオプションを選ぶようになり、意思決定で疲弊していない購入者より 2,000 ドルも多く支出するというのです。
解決策 -3:エネルギーを戦略的に使う
アルバート・アインシュタインやスティーブ・ジョブズは、いつも同じような服装をしていることで知られていましたが、彼らがそうしていたのにはちゃんと理由があります。普段から膨大な数の意思決定を下す必要があったために、シャツ 1 枚を選ぶエネルギーさえ惜しんでいたのです。
このように、選択に関するルールを事前に決めておく、つまり選択を自動的に下せるようにしておけば、選択が認知的な疲労をもたらすことがなくなります。たとえば、製品デザインのレビュー会議をいつ実施するか、朝の会議で誰から発言するかなどを考えずに済むようにすれば、より重要な決断のためにエネルギーを取っておくことができるでしょう。
意思決定に伴う疲れは、選択の質とスピードに大きな影響を与えます。このことを理解していれば、重要な意思決定を 1 日の早い時間や休憩後など、精神的なエネルギーが満ち足りている時間帯に回し、重要性の低い意思決定をそれ以外の時間帯に回すことができます。まだ疲れておらず、先入観を持たない別の誰かに意思決定を任せられるのなら、それが理想です。
最後に
訓練すれば、分析麻痺に陥ることを自然と回避し、すばやく意思決定を下せるようになります。前に進むことは、立ち止まるよりはるかに良いことです。このことを理解して忘れずにいれば、分かれ道に直面しても、躊躇なく前に進むことができるでしょう。