「天は二物を与えず」という諺に反して、実に多才な人がいるものです。
しかし、その人が「何でもできる」からと言って「何でもしなければならない」とは限りません。ジェイコブ・コリアー氏にお話を伺いました。
コリアー氏を一躍有名にしたのは多重録音を駆使した「ワンマン オーケストラ」の動画がインターネット上で話題になったことでした。彼はすべての楽器を自分で演奏し、そのアルバムが 2 つのグラミー賞に輝きました。
しかしコリアー氏は、次のプロジェクトで大きな方向転換を見せるのです。
コリアー氏と彼の共演者である MIT メディア ラボのベン・ブルームバーグ氏にお話を伺い、一人バンドからスタートし、複雑な創造的冒険の世界的なコーディネーターに成長する過程で、どのような発見があったのかについて次の 8 つの質問に答えていただきました。
目次:8 つの質問
- お二人の出会いと、コラボレーションのきっかけについて教えていただけますか?
- 共演のためにミュージシャンに連絡を取ったのはそれが初めてでしたか?
- 多重トラックを駆使した特に複雑な楽曲について制作過程をお話しいただけますか?
- あなたもミュージシャンなのでしょうか?ご自身の音楽をアレンジした経験はありますか?
- パートナーを選ぶ際には、コミュニケーションしやすい相手がいいですか?それとも、自分にはないスキルを持っている人がいいですか?
- パートナーを選ぶ際には、コミュニケーションしやすい相手がいいですか?それとも、自分にはないスキルを持っている人がいいですか?
- あなたは、自分だけで多くの多重録音をする一人バンドとして有名です。その上で他の人とコラボレーションするというのは、ご自身の経験にとってどんな意味がありますか?
- 他の人の意見を受けて、良くなったトラックはありますか?また、選択肢が多すぎて決められない、ということはありませんか?
1. お二人の出会いと、コラボレーションのきっかけについて教えていただけますか?
ベン ー
YouTube でジェイコブのビデオを見て本当にびっくりしました。
それで Facebook メッセージで、何か必要なものがあったら僕が用意したいと伝えたんです。いいタイミングでした。ジェイコブはこの大がかりな公演を引き受けたばかりで、僕たちはそのための準備を考えなくてはならなかったのです。このアイデアはすべてジェイコブのものです。僕たちは協力して、そのアイデアを形にしようとしました。
ベン・ブルームバーグ(左)とジェイコブ・コリアー(右)
2. 共演のためにミュージシャンに連絡を取ったのはそれが初めてでしたか?
ベン ー
厳密に言えば初めてではありません。
MIT で僕は、さまざまな音楽を手がけていますから。ただ、ジェイコブのようなミュージシャンに連絡をしたのは初めてでした。
ジェイコブ ー
まさに 21 世紀的な出会いでした。当時、ロンドンの自宅でこの動画や、他にもいくつかの動画を作っていました。そんな中で、動画の 1 つがベンの目に留まったのです。2 つの異なる世界が出会った瞬間です。ベンには傑出したアーティストと共演してきた経験があり、そうしたアーティストならではの難題を解決してきた実績の持ち主です。
初めて話したときは Skype でした。
「動画を撮影しているその部屋をまるごと持ってきてステージにするのはどう?」とベンに聞かれて、そこから 4 時間近くもその話に没頭しました。
「ここにある楽器を持っていって、それからルーパーとボーカル ハーモナイザー マシンがあれば、歌を入れてコードを乗せて、もう全部できるぞ」と考えたんですね。それまでは、こんなことを人に話すと「クレージーだ!」という反応が返ってきましたが、ベンの答えは違いました。
「そうしよう。実現するためには、まさにその方法しかない。その条件を基に進めて今の話のようにやってみよう」と言ったんです。
僕はさっそくボストンへ行きました。すぐに、国を超えてやり取りできるワークスペースの必要性を痛感しました。
この 3 年間、一人バンドのパフォーマンスを準備し始めたその瞬間から、TED への出演やレコード制作に至るまで、データ素材として使用しているものはすべて、Dropbox に保存していて、とても便利に使っています。Dropbox が使える時代に生きていて、本当に良かったと思います。
保存しているのは、普通の Logic セッションではありません。1 つのセッションに 700 トラックが入っていることもあります。完全なオーケストラです。すべてこの MIDI データに入っていて、プラグインの塊という状態です。
ベン ー
テラバイトを優に超えてるね。
ジェイコブ ー
うん、文字どおりテラバイト級のデータです。
僕がセッションを送信すると、30 秒以内にベンが自分のパソコンでそれを受け取って、ミックスの中に取り込めるんです。驚くほど簡単に!Dropbox には感謝しかないですね。
「たとえば移動中や飛行機の中でアプリを起動して、仕上がりを聞いてから現場に着いて仕事をすることもあります。これもすべて Dropbox のおかげです。」
3. 多重トラックを駆使した特に複雑な楽曲について制作過程をお話しいただけますか?
ジェイコブ ー
「With The Love In My Heart」という曲は、このニュー アルバムに収録した最初のシングルですが、これまでで最も挑戦的な曲だと思っています。ほぼ 5 曲分を 1 つの曲に詰め込みました。この曲には、いくつ分のオーケストラを重ねたっけ。2 つか 3 つ入れたよね?
ベン ー
もうフル オーケストラですよ。
ジェイコブ ー
1 つに 60 トラック?
ベン ー
そうそう。
ジェイコブ ー
クロース マイクが 50 本くらい、それからルーム マイクが 10 本で、すべてステレオでレコーディングしました。録音したものは Logic に入れます。録音には Pro Tools を使って、それを Logic にインポートしたんです。Logic は、僕が普段から使っている音楽制作ソフトです。
インポートしたトラックを順に重ねていきます。つなぎ合わせたり、切り取ったり、位置を変えたり、クロスフェードさせたりして調整します。その後で、いろいろと細工します。
ベン ー
それから他の楽器も入れていきます。
ジェイコブ ー
そうですね。これは他の楽器よりも前の段階でした。オーケストラだけでもプラグインがたくさん必要です。密度が高く、レイヤーが多く、圧縮されています。次にそれを全体のバランスを見ながらまとめていきます。こうしたセッションは、ベンがサウンド エンジニアとして調整してくれます。その後、僕だけでドラムやギターなどの楽器を 400 ~ 500 のトラックに録音しました。ボーカルだけでも 100 トラック以上を使いました。ロサンゼルスではギャング ボーカルを録音しました。友人をたくさん集めて叫んでもらったんです。
他にもいろいろなサウンドを仕込んでいます。僕は世界中でいろいろなサウンドを集めています。たいていはスマートフォンで録音しています。ブリキの缶が転がる音、フロアを踏みならす音、部屋で手を叩く音など、ありとあらゆる音を集めてDropbox に保存しています。このライブラリには 200 から 300 くらいのサウンドがあって、今も増え続けています。これは今回のようなアルバムのためだけに用意しています。鳥のさえずりとか、ちょっと変わった手の叩き方とか。
Dropbox でフォルダを共有したのでベンもこのフォルダにアクセスできます。1 つの大きな Logic セッションの中で、こうしたサウンドを重ね、つなぎ合わせて作っていきます。そして何度もミックスを繰り返します。ベンが作業して僕に送る。僕も作業してベンに返す。ベンがそこへさらに手を加える。僕が動的な面を担当し、ベンは空間的な作業を行います。しばらく繰り返していくうちに、完成に近づいていきます。
もちろんモバイルでもアクセス可能です。たとえば移動中や飛行機の中でアプリを起動して仕上がりを聞いてから現場に着いて仕事をすることもあります。これもすべて Dropbox のおかげです。
ベン ー
Dropbox には便利な機能がたくさん用意されていますが、特に活用しているのが、ファイルを交互に編集していく作業です。こうしたプロセスは、普通なら時間がかかるものです。そこで僕は、自宅に帰る際にスマートフォンのアプリから共有するようにしています。たとえば、ニューヨークや LA で大きなセッションをレコーディングしたとします。するとすぐ、ジェイコブのパソコンにそのレコーディング データがそっくりそのまま同期されるのです。
ジェイコブ ー
もちろん自宅のパソコンに、です。
ベン ー
ジェイコブが家に帰ったときには、そこにレコーディング データがあるというわけです。それも、数百ギガバイト規模のファイルですからね。もう 1 つ、今試しているのが Showcase です。この機能を使って、ミックスやファイルを公開しています。また、電子透かしを入れたファイルを作成して Showcase 経由で共有もしています。ダウンロードもできるし、閲覧中の人もわかるし、すごく便利ですよ。
「ライブのほとんどは録画して Dropbox に保存しています。これらのトラックを録音して、遠く離れた場所からミキシングし、大西洋を超えて送信できるなんて驚きです。」
4. あなたもミュージシャンなのでしょうか?
ご自身の音楽をアレンジした経験はありますか?
ベン ー
僕は主に、他の人と共同作業します。小さい頃に音楽を学んでいたので、音楽的な観点からサウンドにアプローチしています。ジェイコブのような人と一緒に活動をするときに「あなたはミュージシャンですか?」という質問は、答えにくいですね。僕自身は楽しくやっています。ジェイコブは多くの楽器をこなす素晴らしい才能の持ち主ですから。
ジェイコブ ー
たいていは僕が、「こんな感じでストリングスを響かせたいんだけど」などと言って、実際に演奏して見せるんです。するとベンは、「OK、君が好きそうなストリングスのサウンドが 5 種類ある。一番良いと思うものを選んでくれないか?華やかな高音とメロウな低音、太いサウンドと軽快なサウンド、透明感、それから立体的なサウンドだ」と答えてくれます。こんなにたくさんの選択肢があるんです。しかし実際のところ、どの音が鳴っているのかや、トラックの位置付けを考えるのに集中しすぎて、そのサウンドがどのように生み出されるかという構造については、考えられないのです。そこで頼りになるのがベンです。その方面については、彼がすべての面倒を見てくれています。
5. どういった観点でパートナーを決めているのですか?過去にも、Take 6 やクインシー・ジョーンズといった才能溢れる人々とも共演していますよね?
ジェイコブ ー
はい。クインシーは、世界的な影響を持つ偉大な人です。3 年が経ちますが、一緒に仕事ができたことは本当にラッキーでした。僕にとって音楽的なルーツと言えるでしょう。共に過ごし、音楽についてもたくさん語り合いました。とても器の大きな人ですね。僕がやりたいことすべてに、彼がクリエイティブ ライセンスを与えてくれたことに感謝しています。おかげで、いつでも自分のビジョンに率直に従い、主体的にアイデアを持ち続けてこられました。クインシーが、たくさんの可能性を開いてくれました。無限の可能性と言っていいでしょう。
共演した最初のライブは、スイスで開かれたモントルー ジャズ フェスティバルでした。オープニングではハービー・ハンコックとチック・コリアという僕の憧れの 2 人を迎えました。4,000 人の観客を前にKinect カメラを使って一人バンドを披露しました。Kinect が僕の顔を次々と捉えて、ステージに僕が 2 人、3 人と増えていきます。ルーパーがすべて同時に重なってハーモニーを奏でることもありました。かなりワイルドなイベントだったと思います。
この日を皮切りに、世界で 180 回のライブを行いました。ライブのほとんどは録画して Dropbox に保存しているので、チームの誰もがいつでも再生して「ポストダムでのライブや、インドネシアでのライブはどうだったかな」と確認することができます。これらのトラックを録音して、遠く離れた場所からミキシングし、大西洋を超えて送信できるなんて驚きです。
このアルバムのレコーディングでは、僕の自宅のスタジオにベンのパソコンがそっくりもう 1 台あるような感覚でした。まるで、ベンが行く先のすべてに僕もついて行ってるかのようでした。Dropbox が僕たちを結び付けてくれたのです。たとえば、僕が自宅のスタジオでセッションをレコーディングし、保存ボタンを押してパソコンを閉じるとします。そして次にパソコンを起動したときには、もう彼の工程は終わっていて僕の作業を始められる状態になっているのです。驚くほどスムーズですね。
6. パートナーを選ぶ際には、コミュニケーションしやすい相手がいいですか?それとも、自分にはないスキルを持っている人がいいですか?
ジェイコブ ー
とても興味深い質問だと思います。この新しいアルバムは 4 枚セットのうちの 1 枚です。今年は 4 枚のアルバムを作って、その 1 枚目がちょうどリリースされたばかりです。この後にもシリーズが続きます。このアルバムでは 40 以上のトラックを使用しています。合計で、26 人か 27 人の共演者がいると思います。ゴスペル コーラス、オーケストラ、アカペラ グループ、世界的に有名なミュージシャン、ポップ スター、ラッパー、ロックの大御所、誰もが皆、素晴らしい才能の持ち主です。誰と一緒に仕事をするかという点について、はっきりした基準を作ったことはありません。それよりも、僕を育ててくれた音楽であったり、心を大きく揺さぶられるような音楽だったりすることが重要です。そして、相手が共同制作に興味を持ってくれるかどうか、という点も大事にしています。これまで多くの人が参加してくれたことに感謝しています。
経験から言って、長く続くコラボレーションとは、まさにベンが良い例なのですが、意気投合できて共に時間を過ごしたいと思えるような人です。
ベンと僕は大変な局面をたくさん経験してきましたし、そこを切り抜けてきた達成感もすごくありました。共に力を合わせて取り組めることが大切で、そうした共通の経験が互いの絆をいっそう強くすると思います。
ただし、誰かと協力し始めようというときに、将来どんな展望が開けるのかなんて予測することはできません。ベンからメッセージをもらったときには今のような状況はとても想像できませんでした。このような大きなステージで200 人のミュージシャンと共演できる日が来るとは夢にも思いませんでした。これがベン・ブルームバーグの力です。
僕とは異なるスキルを持ちながら、同じようなイメージを持つ人と一緒に夢を実現できるなら、それが最高です。僕からはストーリーテリングやクリエイティブな素材を持ち込みます。するとベンが技術的な観点から、これらを取りまとめるソリューションを生み出してくれます。ただし、僕たちは互いの世界についても良く理解しています。僕はずっとテクノロジーに触れてきましたしプロデューサーでもあり、ビデオ編集者でもあります。つまり、技術的な観点も持ち合わせているといえます。ベンはもちろん、こうした分野のプロフェッショナルです。しかし同時に、アートや音楽、ストーリーテリングに関しても、直感的な理解者なのです。僕たちの出会いはお互いにとってラッキーでした。
「僕は今、共同作業を通じて多くのことを学んでいます。自分自身についても知ることがたくさんあります。音楽的な学びももちろんですが、人として生きること、プレッシャーの中でやり抜くこと、自分を頼りにし、自分を信じて、そして他人を信じることを学びました。」
7. あなたは、自分だけで多くの多重録音をする一人バンドとして有名です。その上で他の人とコラボレーションするというのは、ご自身の経験にとってどんな意味がありますか?
ジェイコブ ー
そうですね、たとえばこの「In My Room」というアルバムは完全に自分だけで制作して、まさに実験そのものでした。ある時ふと考えたんです。「3 か月かけて自分で曲を書いて、編曲して、すべての楽器を演奏して、ミキシングまでやったらどうなるのだろう」って。これを実行に移して、一人バンドとして世界ツアーまでやりました。この音楽が生み出す感覚を人々に届けるためには、欠かせないステップだと思っています。
ですが、1 人がすべてを演奏するのと、同じパートを 200 人が演奏するのではそこに介在する生身の人間の数が違います。そういう意味で言えば、200 人による演奏を 1 人でやることはできないのです。
僕は過去に、ここと同じくらい大きなステージで、もっと多くの観客を前に一人バンドとして演奏したことがあります。しかし、200 人が各自の持つ世界を持ち寄って曲を演奏するわけですから、明日の夜のステージみたいなライブは僕だけではできません。一人ひとりが、それぞれの言葉、感性、美しさ、エネルギー、情熱を投入して作り上げるからです。これもまた、僕にとっては実験です。行き着いたのは「憧れのミュージシャン全員に連絡を取って、1 年間で 4 つのアルバムを作るのはどうだろうか?」という考えでした。僕は今、共同作業を通じて多くのことを学んでいます。自分自身についても知ることがたくさんあります。
そして相手についても。音楽的な学びももちろんですが、人として生きることプレッシャーの中でやり抜くこと、自分を頼りにし、自分を信じて、そして他人を信じることを学びました。今年は、これまでに感じたことのない特別な気持ちになることができました。それはこういうことです。「僕よりも優れた人たちに、得意なことをしてもらおう。きっと自分ではなし得ない何かを生み出してくれるはずだから」
自分の気づきは自分の枠を超えられません。自分の世界は、自分が見えている世界以上に広げることができません。外部からまったく新しい力を取り入れて、それを味方に付けるのです。人生の良い時期に、こうした考え方にたどり着きました。それもとびきり大がかりな方法で気づくことができたと思います。「共に汗を流そう。ストーリーを伝えよう」というプロジェクトのビジョンも、編曲も、僕自身のものです。
アイデアを生み出したのは僕ですが、アルバムの制作に関わってくれたすべての人が、それぞれの誇りを注ぎ込んでくれたおかげで、そのアイデアも、アルバムも、サウンドも、僕がイメージしていたよりも大きなものになりました。
8. 他の人の意見を受けて、良くなったトラックはありますか?また、選択肢が多すぎて決められない、ということはありませんか?
ジェイコブ ー
もちろんです。キリがありませんからね。大切なのは直感を信じることです。その直感が「相手を頼りなさい」と言ってくることもあります。たとえば、「Everlasting Motion」という曲のレコーディングで、偉大なミュージシャンで友人のハミッド・エル・カスリと共演するために、モロッコのカサブランカに行ったときのことです。彼との共演はちょっとした冒険でした。彼は西洋音楽を聴かないし、英語も話しません。伝統的な和声という概念も持たないのですが、素晴らしい実績を持っています。
大切なのは、クリエイティブな要素をぶつけて、それをベストな形で実現することです。なのでお互いの妥協点を見つけ出す必要があるのです。彼は時にはっきりと、あるいは示唆する形で、良い悪いの反応を返してくれました。これが、独特の雰囲気を生み出したのだと考えています。それからは、彼のサウンドと僕の世界が全体として調和するよう、一緒に力を尽くしました。とても楽しい時間でした。