〜活気ある共同作業のコミュニティを築き、ビジネスへと発展させた 2 人のソングライターへのインタビュー〜
新型コロナウイルスの感染拡大によってライブ演奏ができなくなる中、アリー・モス氏とベス・ロジャース氏は、他のミュージシャンたちのスキル アップに貢献することに情熱を傾けるようになりました。
イングリッド・マイケルソン(Ingrid Michaelson) のバンド メンバーであるアリー・モス氏とベス・ロジャース氏は、この 10 年間、米ナッシュビルにあるライマン公会堂やサンフランシスコのザ・フィルモアなどの伝説的なライブ会場など、全米の各地で熱狂的なファンを前にパフォーマンスを披露してきました。2 人はソロ アーティストとしても活動していて、それぞれ多くのファンを獲得し、映画のサウンドトラックにも多数の楽曲を提供してきました。また、グラミー賞受賞デュオ、 A Great Big World との共同制作にも参加したことがあります。音楽ビジネスにおいて、盤石で安泰な地位を築いたかと思われました。
ところがコロナの影響で音楽ライブが中止されるようになって 1 年以上が経ち、2 人は活動の中心を移さざるを得ませんでした。そこで副業を始めることにしたのですが、これが今では人気のスモール ビジネスに発展しています。
このビジネスアイデアは、プライベートで問題を抱えていた数年前に浮かんだものです。当時のモス氏は離婚を経験し、腰を痛めて手術を受け、物事がうまく進まないように感じていました。一時的なスランプにも思えましたが、不調は何年にもわたり、この期間に完成させた楽曲はわずかな数に留まりました。創造力の泉が枯れ果ててしまったような、不安に駆られる日々を過ごしたと言います。 「曲作りが進まない時間が長くなればなるほど、私には作曲などできないのだと思い詰めるようになりました」と彼女は振り返ります。「そんなときに助けてくれたのがベスでした。一緒に作曲しようと誘ってくれたのです。彼女のおかげで、何曲か仕上げることができました。困難を乗り越える際の勢いや喜びが、スランプを打ち破る底力になりました。」
再びアイデアが浮かぶようになったモス氏は、他の人たちがスランプやモチベーションの低下を乗り越えられるように手を差し伸べたいと考えるようになりました。そこで、ロジャース氏にビジネスの立ち上げを持ちかけました。2016 年に 2 人は、ソングライターのためのオンライン教育プラットフォームであり、コミュニティである Thinking Outside The Blocks をスタートさせます。
2 人は新しい生徒とオンラインでつながる方法を考え出しました。このため、コロナ禍の中でスムーズにリモートワークへ移行する体制がすでにできていました。しかしビジネスを順調に進めるためには、2 人もやはり新しい方法を取り入れる必要がありました。国内のライブ会場が軒並み閉鎖され、ライブ ツアーで生計を立てるのが不可能になった時期だったこともあり、柔軟な対応が急務でした。今回は、この 1 年間にライブ ツアーから作曲指導へと舵を切る過程で 2 人が学んだ、仕事のフォーカスを発展させるコツを紹介します。
再びアイデアが浮かぶようになったモス氏は、他の人たちがスランプやモチベーションの低下を乗り越えられるように手を差し伸べたいと考えるようになりました。そこで、ロジャース氏にビジネスの立ち上げを持ちかけました。
Dropbox:ワークショップへの取り組み方は、この 1 年でどのように変わりましたか?
ロジャース氏:コロナ禍に見舞われる前から、ほぼすべてがバーチャルで完結していました。多少の対面ワークショップもありましたが、ほとんどはオンラインになっていたのです。コロナ禍で最も変化したのは、毎週土曜日の午前中に無料のコミュニティ クラスを始めたことだと思います。さまざまなトピックを扱うクラスがあります。たとえば、ギター、ボーカル、作曲などのクラスです。そこでは、友人を招いてインタビューをします。
コロナが広がり始めた頃は、「いったい何ができるだろう」という感じでした。こうした無料クラスは、人々の連帯やつながりを生み出し、何かポジティブなことをやる手段になりました。大変な時期でしたが、職を失った人に無料で学べる機会を用意して、創造力を高めるものや前向きになれるものを提供しました。そうした取り組みが発展して、現在の事業の一部になりました。
1 年が経ちましたが、今でも毎週開催しています。私たちの取り組みのほぼ半分はコミュニティ クラスです。これらのクラスでの曲作りやゲストの招待のために多くの力を注いでいます。おかげで、Zoom では毎週のクラスで同じ顔ぶれを見ることができています。皆が定期的に交流できるコミュニティを作ることができたのは、私たちのビジネスにとって素晴らしい成果になったと思っています。おなじみのメンバーだけでなく、新しいメンバーも多く参加しています。Facebook にはプライベート グループを設置して、今後もコーチングや毎月のチャレンジに取り組んでいきます。大変な時期に、私たちの他の活動をメンバー全員に紹介したり、価値あるものを提供したりする場になっています。これが、私たちのビジネスで最も大きく変化した点かもしれません。
モス氏:コミュニティの人々に接して、彼らが何を望んでいるのかを理解しようという点で、私たちの意見はとても一致していると思います。開始当初、クリエイティビティについて話す 1 回のプレゼンテーション ワークショップと、4 週間にわたる集中ワークショップを開催しました。次第に、作曲法の指導に特化した単発のワークショップを多く開催できるようになりました。
「コロナ禍に見舞われたときに、毎週土曜日の午前中に無料のコミュニティ クラスを始めることにしました。」—ベス・ロジャース氏
モス氏:あらゆるソングライターのニーズに 1 つのワークショップで応えることはできないので、対象範囲を広くしてアプローチしています。それは、作曲が多様なスキルを融合したものだからです。演奏する楽器、演奏スタイル、音楽理論への理解、セッション経験など、さまざまな要素が関係してきます。5 曲でも 500 曲でも、とにかく曲を仕上げることができればソングライターとしての実力は確実に上がります。でも、教える相手の居住地もニーズもばらばらです。なので、そうしたニーズのすべてに応えようとはしていません。代わりに、相手を勇気づけ、どんなサポートができるかを問いかけることにしています。
「ヒット ソングを作る方法」や「フォロワーを 1,000 人増やす方法」といったクラスはやりません。私たちは知っていることしか伝えません。クリエイティブな習慣を身につけること、そして楽曲が人々のもとに届いても届かなくても、ソングライターとして充実した生活を送ることなどを教えています。これが、私たちの中心にあるモチベーションだと思います。私たちは幸運にも、生計を立てることができていて、その一部は作曲や演奏によるものです。ただ、ベスも私も心の一番深いところにあるのは、曲を作りたいという情熱や、ソングライターとして成長したいという思いなのです。その過程で収入が生まれるのはありがたいですが、あくまで副次的なものです。
Dropbox:画面越しに共同作業をするというスタイルは、コミュニケーションに変化をもたらしましたか?
モス氏:相手のことを知るうえで、まだ難しい部分が残っているように感じています。たとえば、自分の部屋にいるほうがリラックスできるという人であれば、バーチャル ディスタンスはメリットになるでしょう。一方、画面を見ながらやり取りをすることに違和感を覚える人もいるはずです。同じ部屋で一緒に作曲をする場合、自分の心を開いて相手と話し合う必要があります。ここは、バーチャルでは難しい点です。多くの人がバーチャル ミーティングに慣れてきた今、私の中でメリットとデメリットが見えてきました。
ロジャース氏:私は紙とペンを使ったアナログな方法で作曲するのが好きですが、共同編集できるドキュメントを使って一緒に曲作りをしたり、他の人の創作過程を垣間見られたりするのをとても楽しく感じています。考えが目に見えることや、そうした考えを集めて視覚的なパズルを埋めていく作業が好きです。バーチャルな環境で協力して作曲する場合も、こうした作業が必要だと思います。今ではそれが当たり前になっていて、私はこのスタイルを楽しんでいます。問題は、タイム ラグです。同じタイミングで演奏できないところはデメリットです。
「クラスでは、未完成の曲を発表しています。そうすれば、参加者も他人の批評を恐れずに自由に作品を発表できると思うからです。」—ベス・ロジャース氏
Dropbox:技術レベルの違う人たちが初対面で集まることもあると思いますが、信頼感や安心感をどのように生み出していますか?
ロジャース氏:いつも言っているのは、作曲練習の目標は「良い曲」を作ることではなく、とにかく曲を作ってみることだ、ということです。良いものを作らなくてはというプレッシャーがあると、創造性が働かなくなってしまうことがよくあります。それは、心細く恐ろしい体験になるかもしれません。たくさんの曲を作れば作るほど、簡単に作曲できるようになるし、特に優れた曲が出来上がるチャンスも増えます。良い曲を作ろうと気負わなくてよいのです。この点についてはとても大事にしていて、強調するようにしています。そうすることで、優れたものを作らなくてもよいという雰囲気が生まれます。
私たちも同じようにしています。作曲の課題を出すときには、私たちも参加するのです。「曲を作ってきました。発表しますが、出来は良くありません」などと伝えます。クラスでは、未完成で荒削りの曲を発表しています。公開する予定のない制作途中の曲です。そうすれば、参加者も他人の批評を恐れずに自由に作品を発表できると思うからです。 また、常にポジティブなフィードバックと勇気づけを心がけています。グループ内の他の人たちも、同じように反応してくれます。参加者が対面するバーチャル ワークショップでは、参加者同士がコメントし合い、励まし合うことがよくあります。こうした環境が、参加者に力を与えているように思います。
Dropbox:ワークショップで参加者に特に好評だと思うのは、どんなことですか?
ロジャース氏:以前に実施した 4 週間の集中ワークショップを Facebook ページで月に一度無料公開することにしました。通常は、特定のテーマに沿って具体的な歌詞のお題を決めます。先月のお題は「失敗」でした。失敗について、あらゆる角度から見つめるように伝えました。失敗に対する恐怖、受け入れること、付き合い方、人生などです。次に、音楽的な制限を設けます。曲の中で演奏してほしいコード進行などを決めておくのです。とても具体的なトピックから吟味したお題を出すことにしています。ただし、誰もが自分にとって意味のあるものを作れるよう、広がりと深みのあるものを選んでいます。
「作曲練習の目標は「良い曲」を作ることではなく、とにかく曲を作ってみることです。良いものを作らなくてはというプレッシャーがあると、創造性が働かなくなってしまうことがよくあります。」—ベス・ロジャース氏
モス氏とロジャース氏は、次のワークショップまでの間も参加者が創作活動に精力的に取り組めるよう、SNS にお題を投稿しています。
ロジャース氏:このような課題を毎月行っています。参加したい人には、「参加します」というコメントを付けてもらいます。曲作りの時間は 1 週間です。1 週間後、参加者が作った曲を投稿して、全員がそれを聞いてコメントします。1 つの課題につき、毎月 20 曲のオリジナル ソングが生まれています。その反響を見るのが楽しみになっています。
人々の反応が、やる気やインスピレーションを引き出しているようです。「挑戦してみます、頑張ります」と言うことで、前向きに取り組めるのですね。参加した人にタグ付けして、「どうですか?仕上がってなくても、投稿してくださいね」と声をかけるのです。日中に別の仕事や用事がある場合は特に創造力が鈍りがちになるので、こうした声を聞くと励みになります。コミュニティはとてもよく機能していて、拡大が実感できるので嬉しい限りです。これからもこの調子で進めていきたいと思っています。
モス氏:私はベスをサポートしています。ベスは、無料コミュニティ クラスで、全 8 回の「ソングライターのための音楽理論」シリーズを担当してきました。その中で、たくさんの素晴らしい意見をいただきました。参加者からは、「自分の中で消化して、理解を深められ、曲作りに活かせるよう詳しく説明してくれた」という評価を受けています。私は、ベスがプレゼンやクラス資料を作成できるよう手伝っています。過去に音楽理論を学んだことがありますが、作成を手伝う中でその魅力を再認識しました。あらためて、「コードは素晴らしい」と感じています。私は数学が好きですが、ベスは数学的なアプローチを使わずに教えています。アーティストやソングライターの要望に応じて、私たちがさまざまなやり方を織り交ぜて説明するようにしています。
Dropbox:無料のコミュニティ クラスでは、パッケージのコンテンツ シリーズとして販売しているコースから、個別のチャプターを共有 Dropbox フォルダを使って共有していますね。他に、ビジネスにテクノロジーを活用している例があれば教えてください。
ロジャース氏:Thinking Outside the Blocks のほぼ全部のファイルを Dropbox で保存しています。活動のすべてが Dropbox にあると言ってもよいでしょう。また、常に Zoom を利用しています。音楽理論のワークショップでは、Chordie というアプリも使っています。鍵盤が表示され、演奏した音を楽譜の上に表示してくれます。MIDI キーボードをつないで GarageBand を開いておけば、小さなキーボードで演奏を見せることができます。また、Pro Tools や Logic を開いて画面共有することもできます。
モス氏:実は Logic を研究して、基本的なレベルですが自宅でレコーディングする方法を身につけました。これで、ベスと一緒に協力して作曲し、ボーカル パートの質の高いステム データを送ることができます。また、一度も直接会ったことのない女性とも一緒に作曲をしています。シドニー・メイという、才能あふれるカナダの若きソングライターです。ベスは、私たちが一緒に作った「Feet First」をプロデュースしてくれました。彼女が自宅のスタジオでボーカルを録音し、私が Zoom でボーカルのプロデュースを行いました。ベスが変更を加え、最終的な楽曲の制作に取り組む段階になったら、Listento というアプリを使って一緒にセッションをします。こうすることで、ベスの Pro Tools のストリームをリアルタイムで聞くことができます。
「私たちは知っていることしか伝えません。クリエイティブな習慣を身につけること、ソングライターとして充実した生活を送ることなどを教えています。」—アリー・モス氏
ロジャース氏:画面を共有しながらピアノ トラックのレコーディングをすると、リアルタイムでレコーディングされたものを目と耳で確認できるのです。スピーカーからだけでなく、コンピュータ オーディオからも直接サウンドが再生されます。 このアプリは重宝しています。音楽理論を教えるときは特に重要なので、鍵盤上の動きを伝える教育系のアプリは本当に多く試しました。また、楽譜作成用に Noteflight というウェブサイトも利用しています。ギターのレッスンも行っていますが、このサイトを使うとギターのタブ譜も作成できます。The Songwriting School of Los Angeles では和声のクラスも受け持っていますが、ここでも Noteflight で和声パートの楽譜を作成しています。レッスン中は、パート譜を書く様子を参加者が見られるよう、操作画面を共有しています。
Dropbox:リモートでの共同作業に慣れるために、この 1 年で学んだことを 1 つ挙げるとすれば何でしょうか?
モス氏:「必要は発明の母」ということでしょうか。私の場合、作曲できるようにする、という必要性に突き動かされたと感じます。リモートで共同作業を行う必要性があったからこそ、自分自身でレコーディングする方法を身につけることができたのです。もう何年もの間、求めていたことが実現できました。いつも周囲に優秀なサウンド エンジニアやプロデューサーがいるなら、そんな必要はないのです。彼らがすべてをこなしてくれるのですから。コロナ禍がなければ、こうしたスキルを身につけることはできなかったでしょう。
本ブログは、2021年4月に公開されたブログ記事の翻訳版です。