サフィ・バーコール氏、イノベーションを育む必要性について語る

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1990 年代前半には、ノキアの右に出る者はいませんでした。数億台の携帯電話を販売し、市場の 3 分の 1 を独占していました。アイコニックな格安携帯電話機
Nokia 1100 は販売台数 2.5 億台を達成し、今日に至るまで史上最も売れた携帯電話機の座を守っています。

ノキアの成功は、絶え間なく続くイノベーションの上に成り立っていました。
同社は 1980 年代に世界初の国際セルラー ネットワークと自動車電話を発表。
1994 年には、40 万台の販売を目標に Nokia 2100 を発表し、世界中で 2,000 万台以上を販売しました。ノキアは着信メロディ、カメラ付き電話機、モバイルでのインターネット閲覧で他社に先駆けていました。

しかし、2004 年にすべてが変わります。

ノキアのエンジニアたちは、大胆なアイデアを思い付きました。インターネットが利用できる、タッチスクリーンのカメラ付き携帯電話です。そのアイデアは現在市場にあるほぼすべての携帯電話そのものですが、当時は先鋭的なアイデアでした。幹部はそのアイデアにためらい、プロジェクトは破談となりました。

3 年後、スティーブ・ジョブズ氏が Apple の Macworld カンファレンスで
iPhone を発表しました。インターネットが利用できる、タッチスクリーンのカメラ付き携帯電話です。発売時には iPhone を購入するために購入者が何日間も行列を作りました。

現在 Apple は世界の時価総額トップ企業の座を Google、Amazon、マイクロソフトと争っています。2014 年、ノキアは携帯電話部門をピーク時の価格のわずか
2.5 % である 76 億 US ドル でマイクロソフトに売却しました。

大半の人は、ノキアの運命を決定づけた 2004 年の意思決定について知りません。しかし、物理学者であり元バイオテク起業家兼 CEO のサフィ・バーコール氏は、この話に魅了されています。

ノキアのエンジニアによるアイデアの発表は、バーコール氏が「ルーンショット」と呼ぶものです。ルーンショットとは、誰もがそれなしで生活していたことが考えられなくなる瞬間までは、完全にクレイジーに思えるようなアイデアを指します。世界を変えるようなアイデアのことです。企業にとっては勝つか負けるかの賭けになるでしょう。

ノキアのエンジニアによるアイデアの発表は、バーコール氏が「ルーンショット」と呼ぶものです。ルーンショットとは、誰もがそれなしで生活していたことが考えられなくなる瞬間までは、完全にクレイジーに思えるようなアイデアを指します。

彼の著書「LOONSHOTS<ルーンショット> クレイジーを最高のイノベーションにする」で、バーコール氏は先鋭的な飛躍を育む行動、文化、構造に関する新しい考え方を展開しています。Dropbox は、企業が驚くべきイノベーションの被害者ではなく先導者となるため、科学からどのようにアイデアを借りることができるかバーコール氏に伺いました。

「ルーンショット」とは、おそらく誰にとってもなじみがない言葉だと思われます。ルーンショットとは何なのか説明していただけますか?

もちろんです。ルーンショットとは、最初は大胆でクレイジーなアイデアとして片付けられてしまう優れたアイデアのことです。英語にふさわしい言葉がなかったので、私が作りました。

英語でその言葉を作らずにはいられなかった理由とは何でしょうか?

歴史の流れを見ると、科学やビジネス、歴史の歩みを変えた非常に大きな影響力を持つアイデアの中には、祝福され、その素晴らしさで人々を魅了したものは少ないのです。そうしたアイデアは通常は、最終的に飛躍を生むまで、何年間にもわたって見過ごされ、あざ笑われています。ビジネス、政治、軍事の世界で多数の例があります。たとえば、何かを「ムーンショット」だと言うのはたやすいことです。これはとても人気のある言葉になりましたが、その起源はケネディにまで遡ります。ジョン・ケネディ大統領が 1962 年に「人間を月に着陸させよう」と言ったのです。ムーンショットは、誰もを置き去りにする大きな目標です。ムーンショットは目標地点として考えることができます。しかし、誰もが見過ごすようなクレイジーなアイデアを育てることこそが、その目標にたどり着く方法なのです。

大きな目標地点について話すのは簡単ですが、実際にその場所へたどり着くには、小さく、クレイジーなアイデアを育む必要があるのです。ムーンショットは大きな目標を発表することですが、ルーンショットは、その目標に到達することを可能にする、クレイジーなアイデアです。チーム、企業、あるいは国は、こうしたルーンショットに注意を払っておくことが非常に重要です。なぜ私がこの言葉を使うのか、または作ったのかという質問ですが、それは、この概念を捉えた最適なフレーズや言葉がなかったからです。ですから、しばらくの間悩みましたが、最終的に「作ってしまえ」と思いました。出版社からはあまり良い反応がありませんでしたが、私が「このまま使いますから」と言ってそれで決まりました。

他に候補となった言葉はありましたか?

いいえ。概念を説明するフレーズはいくつかありましたが、このアイデアをうまく捉えて 1 つの言葉として使えるフレーズはありませんでした。出版業界のかなり多くの人たちから「その言葉は使わないほうがいい。もし使ったとしたら、本が出版されたときに営業チームが書店に電話をかけて『新しい本があります。』という。書店は『本のタイトルは何ですか?』とたずねる。営業は『ルーンショットです』と答え、『ああ、ムーンショットですか?』と聞き返され、『違います、ルーンショットです。』『何ですって?』『M ではなくて L から始まるんです。』『え?』と続く。この説明に少なくとも 20 秒はかかる。無駄な時間だよ」と言われました。私は「そうですか?営業チームが M ではなく L から始まると説明するのに何秒か余計にかかるというのが理由ですか?それが大きな問題だと思っているのですか?そこまで大きな問題だとは思えませんが」と答えました。このような話し合いを何度か行いましたが、最終的には問題ありませんでした。

でも、当時はわかっていませんでした。新しい言葉を考えて、それを書籍のタイトルにすること自体がクレイジーなアイデアです。ですから、確信はありませんでしたが、挑戦する価値はあると思ったのです。

ルーンショットにそこまで影響力があるのであれば、なぜ私たちは長い間、見過ごしていたのでしょうか?

重要なアイデアの多くがしばらく無視されていたことに言及するのは、私が初めてではないと思います。しかし、私がこの本で取り組んでいるのは、物理学、ビジネス、歴史を組み合わせることであり、それはあまり一般的ではないと言えるでしょう。私は理論物理学者で、20 数年前にビジネスの世界に足を踏み入れました。重要なプロジェクトや最終的に世界を変えるに至ったものが最初は無視されていたというのは、新しいことではないと思います。後になってみれば比較的簡単にわかることです。私はこれを「ルーンショットの 3 度の死」と呼んでいるのですが。

 ムーンショットは大きな目標を発表することですが、ルーンショットは、その目標に到達することを可能にする、クレイジーなアイデアです。

研究室で自分たちの新薬発見プロジェクトがうまくいっていないことについて非常に落ち込んでいたある夜、ノーベル賞受賞者のジム・ブラック氏から言われたことがきっかけです。彼は 82 歳で、20 世紀において最も重要な薬品カテゴリーのうち 2 つを発明した人です。その彼が身を乗り出して私に「サフィ、計画が 3 回潰れるまでは、いい薬ではないのだよ」と言ったのです。

これはテクノロジーにはより広く当てはまります。Google は 18 番目の検索エンジンでした。Facebook の前には、うまくいかなかったソーシャル ネットワークが 20 種類以上ありました。Dropbox 以前には、うまくいかなかったストレージ企業が多数ありました。簡単で重要なものであれば、こうした会話をすることもないでしょう。誰かがすでに成功させているのですから。大概、このようなプロジェクトが失敗する理由はそこにあります。

この概念が長い間知られていたのであれば、人々があなたの本に共感した理由は何だと思いますか?

集団が突然行動を変える理由を理解するため、複雑なシステム理論の数学的な原理を適用している点が新しいと思います。なぜ優れたチームが素晴らしいアイデアを潰すのでしょうか。新しいプロジェクトについてワクワクしている人が 20 人いたとして、全員が会議室のテーブルを囲むと、最終的にアイデアが潰されてしまうのはどうしてでしょうか。非理性的だからではありません。個人個人がアイデアを支持していたとしても、まさに理性のためにそうしたアイデアを潰してしまうのです。これが新しい概念です。パン アメリカン航空の盛衰や、第二次世界大戦での潜水艦への攻撃、スティーブ・ジョブズ、ミサイル、現代科学の誕生や、なぜ世界中で英語が話されているのかなど、面白い隠れた逸話も、この概念によってつながっています。1 つのアイデアによってすべてつながっていて、その根本には新型の経済理論があります。

私がさまざまな世界を彷徨ったことは幸運だったと思います。上場企業の CEO として全責任を担う立場にいたこともありますし、理論家として研究職に就き、さまざまな業界を見渡すこともできました。そして、私が学んだのは多体物理学でした。これはシステムの性質を学ぶ学問です。適用できる根本的な理論を作るという機会があったのは、経済界で同じことをした人がこれまでいなかったからです。純粋な学問との間にあるギャップを埋めることができました。社員が 500 人、1,000 人、あるいは 10,000 人いる企業の人事責任者にとっては、純粋な学問はさほど興味深いものではありません。微分方程式を読み、積分に取り組んだ後に「ジュディが給与について不満を持っている理由を解明するため、3 つの変数にこの微分方程式と偏微分方程式を適用しよう」などとは言わないでしょう。あまり役に立ちませんからね。ですから、別の表現で言い換えることが必要です。そして、人々が共感した理由は、この概念が新しく、あらゆる分野に底通するからだと思います。

あなたは、Synta を共同設立し 13 年間在籍しましたが、こうした問題を実際に体験しましたか?アイデアが突然生まれてこなくなる転機はありましたか?

どの起業家もいずれその転機を体験すると思います。昨年や一昨年は、名の知れた CEO からたくさん電話をもらいました。彼らがたずねるのは基本的に同じ質問で、次のようなものです。少人数のチーム、3 ~ 4 人程度で会社を始めた。会社は成長し始め、10 人から 20 人へ、50 人、100 人、200 人、500 人と規模が拡大した。創業当時と同じ顔ぶれで「新しいアイデアがあるときは皆が集まって、誰もがそのアイデアについてわくわくしている」という状況。もちろん、どのアイデアも最初は成功しない。ルーンショットは 3 度死ぬため、バージョン 1 とバージョン 2 はうまくいかない。何度か試行錯誤しなければ成功しない。でも、全員が腕まくりをして問題を突き止め、成功できるよう解決策を考える。そして全員でテーブルを囲んで、一緒に解決する。でも今となっては、会社は 5,000 人規模に成長し、社員は世界中にいる。CEO は私に「一体何が起きたのでしょう?人は変わっていないのに」と聞くのです。今では皆が争っています。基幹業務を担っている人たちは、新しいことに取り組む人たちを嫌っています。互いに争い、激しくいがみあって、互いのアイデアを潰そうとしています。でも人は変わっていません。何が起きたのでしょうか?それが知りたくて私に電話をかけてくるのです。彼らは言います。「チームがうまくやっていく方法について今まで話し合えていなかったということを伝える言葉が見つかりました」と。

 集団が突然行動を変える理由を理解するため、複雑なシステム理論の数学的な原理を適用している点が新しいと思います。なぜ優れたチームが素晴らしいアイデアを潰すのでしょうか。

では、彼らはどうすれば仲良くなれるでしょうか?

目標は同じですが、アーティストはリスクを冒すことで目標に取り組み、兵士はリスクを軽減することで目標に取り組みます。私たちには、同じ考えを持っているけれど、ただアプローチが違うだけだということを話し合うための共通言語があります。アーティストと兵士は、どちらも必要です。その緊張関係が重要なのです。美しくエレガントな分子を発明する化学者、細胞への経路と癌を治療する方法を発見する生物学者、誰も見たことのないような信じられないほどエレガントなコードを考えたエンジニアなど、このようなアーティストに関連して私が「美しい赤ちゃん問題」と呼んでいる現象があります。アーティストは、自分の仕事を美しい赤ちゃんであるかのように見ています。

一方で、兵士の仕事は物事を時間どおり、予算どおり、仕様どおりに進めることです。同じものを見ても、兵士には美しい赤ちゃんではなく、嘔吐物と便にまみれた皺だらけのレーズンに見えます。嘔吐物も便も泣き叫ぶ声も、すべてが問題点に見えるのです。しかし兵士がそう思うのは当然のことです。もしそう思わないのなら、彼らは自分の仕事をしていないことになります。兵士の仕事はリスクを軽減することですから。

人は多くの場合、イノベーションを育むために文化に頼ろうとします。でもあなたは、それが必ずしもうまくいくわけではないとおっしゃっています。人はなぜ、兵士とアーティストを調和させる構造を作らず、文化に頼るのでしょうか?

まず、文化とは最終的に必要なものであり、表面化するものです。文化は行動パターンの中にあります。優れたアイデアを潰すのも受け入れるのも人間なのです。もっとイノベーションを起こせと叫べば文化を変えられるというアイデアは、氷の塊に向かって分子に「少し結合を緩めてくれ」と叫ぶようなものです。それでは何も起こりません。しかし、わずかに温度を変えれば氷を溶かすことができます。少しの温度変化で、鉄を溶かすこともできます。ですから、 組織設計において、変更が可能かつ適切な事柄を変更できる適切な温度を見つければ、行動のパターンにあなたが求める変化が起き、構造が文化の原動力になり得るということがポイントです。

ルーンショットが失敗するとどうなりますか?企業や組織が、次の iPad のようなアイデアではなく、うまくいかないアイデアに資金を投資してしまうリスクはあるでしょうか?

企業は失敗すべきです。Apple も Amazon も、数えきれないほど失敗しています。Amazon の Fire Phone を覚えていますか?おそらく覚えていないでしょうが、私は覚えています。Fire Phone の広告で覆われた小包を何度も何度も受け取りました。Fire Phone はおよそ 10 億 US ドルの失敗でした。そして、実は今の質問こそが、秘訣なのです。Amazon の何でもいいのですが、例えば 2 兆 US ドルの時価総額を考えてみてください。彼らにとって鍵となったのは、常に失敗を理解し、管理し、受け入れていたことです。ただし、愚かな失敗だけではなく、適切な方法で行われたスマートな失敗も含みます。ですから、いろいろな意味で鍵となるのは、システムを構築することです。失敗をうまく管理すればスマートかつ頻繁に失敗できます。ルーンショットを育むには、10 回中 9 回は失敗すると想定すべきです。そこで、失敗を想定し、スマートかつ頻繁に失敗できる領域を確保するシステムや構造を作るという手法があります。しかし同時に、失敗できない領域を特定することも必要です。それがリスクについて私が語っていることです。ルーンショットを育むときには、リスクは必要です。10 回目の挑戦で世界を変えるものを作るには、9 回失敗する必要があります。

私たちは失敗すべきではないと教えられてきましたから、とても解放された気持ちになります。人は失敗を避けたがり、恥と感じるものです。

そうですね。イノベーションを起こしたければ、安全に失敗できるようにすることです。それは最終的には経営チームの仕事です。鍵となるのは区別です。営業チームが失敗するのは良いことではありません。営業がお客様の家のドアをノックして「トースターのお届けです」と言ったときに、「トースターですか?私が注文したのはテレビなんですが。」「ああそうですか、ちょっと間違えました」となっては困ります。基幹業務領域では失敗を減らす必要があります。そして実験では、リスクを取ってそれぞれの実験に仮説を立て、実験終了時に学びがある、インテリジェントな失敗を増やす必要があります。 こうした実験の割合を増やし、その割合を計測するべきです。それが、構造を作るために経営チームが行うべき仕事です。その構造を作れば、求めている文化が得られるでしょう。

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