「何を犠牲にしても、とにかく生産性」という考え方は、本当にビジネスにプラスとなり、人々が望む働き方なのでしょうか。
現代の仕事環境における課題を取り上げる本シリーズのパート 1 では、生産性に対する執着と、「より多く、より速く」というアプローチが収穫逓減を招いている現状について考察しました。
今回は、本シリーズを執筆するきっかけとなったインタビューとアンケート調査の結果を見ていきたいと思います。
現代の仕事環境について調べようと思ったとき、シンプルな疑問が湧きあがりました。
ナレッジ ワーカーが仕事を選ぶとき、最も重視していることは何か?
最も満足度の高い作業、低い作業は何か?
仕事に対する満足度はどの程度か?それはなぜか?
世界各国のナレッジ ワーカー 70 名を対象にした日記形式のアンケート調査と、そのうち 10 名に対する調査後の詳細なインタビューを実施してわかったのは、人々の仕事環境は、私たちがアンケートで想定していた以上に複雑であるということです。インタビューした全員が、仕事に関するさまざまな葛藤への対処に苦労しており、その葛藤が仕事に対する満足度に直結していました。たとえば、自主性と相互依存性の最適なバランスを見つけることに苦慮している人は多く、どちらか一方のみに偏っている現状に苦しんでいる人もいました。
この最初の調査結果を踏まえ、より多くの人の現状を把握しようと広範囲な調査を行うことにしました。1 対 1 のインタビューに対する追跡調査として、統計的に有意なサンプルとなる米国のナレッジ ワーカー約 500 人を対象にアンケート調査を実施したのです。この調査では、業務形態から仕事上の価値観、共同作業、倫理観に至るまで、職場におけるあらゆる種類の葛藤について質問をしたのですが、その結果は実に興味深いものでした。
調査結果 1:業務を適切に遂行するために仕事をスローダウンしたいと望む人が多い
世の中は生産性をあおるような言葉にあふれ、私たちは常に「もっと速く、もっと多く」とかき立てられています。 1 日に送受信するメールの数は平均 140 通にのぼり、できるだけ速く To-Do リストをこなすことを求められています。しかしこの現状は、決して人々が望んでいる働き方ではないようです。調査では、61 % の人が「業務を適切に遂行するために仕事をスローダウンしたい」と回答しており、「量をこなすためにスピードアップしたい」と回答したのは 41 %* にとどまりました。この差は、回答者の年齢が上がるほど大きくなります。
さらに回答者の 38 % は、仕事の進め方についてどの程度同意するかを尋ねる設問において、「量をこなすためにスピードアップする」にまったく同意できないと回答しています。38 % というのは、設問に示された数十項目の中で最多の割合です(この他に同意できない行為としては、19 % が「権力を行使する」、33 % が「自分が必要な成果を得るためだけに同僚に協力させる」を挙げていました)。対照的に、76 % は「業務を適切に遂行する」ことを重視し、71 % は「仕事の質」を優先するとしています。
スローダウン志向は、最初に実施したインタビューでも大きなテーマとなっています。ブラジルの政府機関で働くアナ氏の例を見てみましょう。
私たちは絶えず生産性を求められますが、自分が生産的であるとは感じられません。満足に文章を書くことも働くこともできていないように思われ、まるで自分が役立たずであるように感じています。人には感情があり、生産マシンではないのです。現代は情報があふれており、あまりにも多くの思考が同時進行しているのではないでしょうか。私たちは、スローダウンする必要があると思います。
ちなみに、私たちが Twitter で行った同じような内容のアンケート調査でも、米国のナレッジ ワーカーを対象にした全国規模の標本調査と同様の結果が出ています。約 60 % が「ひとつの業務を適切に遂行する」ことの方が「より多くの量をこなす」ことよりも大きな課題であると回答しています。
調査結果 2:邪魔をされずに仕事に集中したいと考える人は多いが、例外として他者を助けることには意欲的
最初に行ったインタビューでは、多くの人が仕事の「フロー」を維持することを重視していましたが、追跡調査もこれを裏付けており、調査対象の 59 % が「邪魔をされずにフローを維持する時間を作る」ことが大切だと回答しています。特に年齢が高いほどフローを重視しており、ジェネレーション X では 67 %、ベビー ブーム世代では 71 % に上っています。
その一方、回答者の 55 % は、「自分のフローが損なわれても他者を助ける」ことが重要だと答えていました(割合は各世代でほぼ同じ)。
この結果から、自分が集中していた作業から離れる、あるいは誰かにそれを求めるタイミングについて配慮する必要があるということです。人は頼まれた内容が有意義なことだとわかっていれば、たとえ集中していた作業が途切れるとしても、たいていの場合快く承諾することができます。しかし、調査結果で重要であることがわかったフローは、頻繁な会議や通知、メールなどであっさりと乱される傾向にあります。
現代のテクノロジーは、こうした人間の葛藤を理解してくれません。広く使われているツールや一般的な働き方は、常にオンラインでいること、いつどんなときでも連絡がつくことを有無を言わさずに強いてきます。調査結果によれば、多くの人はそのバランスの改善を望んでいます。つまり、オフラインになって一休みする時間、あるいは特定の作業に専念するための時間がもっと必要だと考えています。
私たちがインタビューした人々の多くはこの意見に賛同しており、勤務時間や連絡の取り方について、より配慮したアプローチを求めています。たとえば、英国に拠点を置く中規模のテクノロジー企業でデザイナーを務めるチャールズ氏は、この問題を解決するために一人一人ができることとして次のような提案をしています。
(働き方を改善するために必要なのは)義務だと思って働くのをやめ、固定観念にとらわれずに仕事のやり方を見直すことだと思います。これは私が実践していることですが、たとえば『なぜ自宅じゃなくオフィスで働いているのだろう?』と自問します。同様に、『なぜ 9 時 5 時で働く必要があるのだろう?』、『なぜシンガポール オフィスと会議をするのに、現地時間の 10 時を指定する必要があるのだろう?』と問い続けるのです。
調査結果 3:上司より仕事で身近に関わる同僚を信頼している人の方が多い
多くの企業では、この数十年の間に情報とプロセスの分散化が進みました。ここにも、やはり葛藤が存在しています。情報とプロセスの分散化が進んだ企業では、どのようにしてリーダーシップの結束力を保ちつつ、上下関係が厳しくないフラットな組織を運営しているのでしょうか。この点を踏まえ、調査では、「職場で最も信頼しているのは誰か」を尋ねました。
この設問に対し、回答者の 53 % は「仕事上最も身近な人」を信頼すると答え、「管理職」を信頼すると答えたのは 45 % にとどまりました。「若い世代ほど上司より同僚を信頼しているのだろう」と考えがちですが、実際はその逆です。ミレニアル世代では、仕事上最も身近な人を信頼するという回答者(49 %)が管理職を信頼するという回答者(45 %)をわずかに上回るだけであるのに対し、それよりも上の世代では、同僚を信頼するとした回答者が明らかに多かったのです(ベビー ブーム世代では 61 % と 44 %)。
この結果は、1 対 1 のインタビューで判明したこと、すなわち「ナレッジ ワーカーは、新しいツールやプロセスに関しては同僚を頼りにする傾向があり、上から与えられたソリューションに対しては懐疑的な態度を取る」という事実を裏付けるものでした。また、キャリアのある人ほどこの傾向が強くなっています。
米国の中堅建設会社でプロジェクト マネージャーを務めるキャメロン氏は、管理職と一般社員の関係について語るなかでこの葛藤に言及しています。
「社内には大きな断絶があるように感じられます。しばらく沈黙を続けていた幹部社員が突然社員を呼び集め、組織の編成変えを発表したりするのです。しかも、その目的や意味は説明されません。彼らの中ではそれが最善の策ということなのでしょうが、その下で働く私たちには、完全に意図が伝わっていないと思います。普通、管理職というのは頼りになる存在ですよね?社員を引っ張り、目標を設定し、ルールを定め、何らかのビジョンを示すものです。しかし当社には、ビジョンが欠けているように思います。当社は株式を公開していないので、管理職は社員の私たちに株を買ってもらいたいと思っているはずです。しかし、会社のビジョンが何だかわからないのでは、株を買う気になるはずがありません。」
「管理職は頼れるもの」という既成概念と、管理職に対する漠然とした不信感の間にある断絶は、私たちが Instagram で実施したアンケート調査にも表れているようです。「各チーム メンバーの意見」と「少数のリーダーによる指示」ではどちらが頼りになるかを尋ねたところ、ユーザーの回答は真っ二つに割れました。
調査結果 4:理想主義と現実主義の間で揺れるナレッジ ワーカー
働く人の過半数(58 %)は、人種差別や性差別、同性愛嫌悪などの職場における社会問題を解消したいと望んでいます。その一方で 46 % は、大きな社会問題に取り組む前に、まず自分の仕事を片付けてしまいたいと考えています。社会問題と個人の仕事の優先順位を巡るこの葛藤は、1 対 1 のインタビューと大規模調査の両方に共通していたテーマです。
米国在住の弁護士であるエリザベス氏は、日々の仕事の中でこの問題に直面しています。彼女の元上司は、おそらくは彼女が女性であるという理由で、特定の仕事を依頼していました。
「私は、弁護士としての仕事に加えて、元上司の事務仕事も手伝っていました。私の職務範囲ではないにもかかわらずです。たとえば、Adobe Acrobat でラベルを設定したり、重要な箇所に下線を引いたり、編集作業をしたりといったことです。でも、その分の給与を余分にもらえるわけではありません。これは、性差別の問題でもあったかもしれませんが、秘書的な仕事を求められているように感じていたのです。元上司がこういう人だったのは、年齢のせいなのか、単に無頓着な性格だったのか、それはわかりませんが、とにかくいろんな問題があったのです。」
エリザベス氏は、このような事務仕事を自分の信念としてある程度断るべきなのか、それともできるだけ早く本来の仕事に戻るために黙って要求を受け入れるべきなのか、両者の間で悩まされていたと言います。
社会問題に対する立場を明確にするなど、たった 1 つのことに精力を傾けるだけでは、仕事自体に支障が出ると考えてしまうかもしれません。しかし調査結果から見ると、多くの人が仕事に対してもっと健全な考え方を持つようになれば、それに伴って職場における平等や一体性、多様性が改善し、仕事の問題と社会的な問題を前後して解決していくことが可能です。この点については、パート 3 で詳しく考察したいと思います。
真の論点
上記に関してさらによく考える必要があるのは、ナレッジ ワーカーがこれらの葛藤に直面する際、問題となるのはどのような点か、ということです。 理想主義と現実主義のように、2 つの相反する価値観の間で妥協を強いられるとき、彼らは葛藤を感じます。しかし、その葛藤をうまく乗り越えることができれば、より大きな充足感、一体感、自己効力感を得ることができます。
今回の調査データからは、人々は今も職場におけるさまざまな葛藤に悩まされており、それをうまく乗り越えることができなかった場合には燃え尽き症候群になってしまうことも珍しくない、という現状が見て取れます。本シリーズのパート 1 で見たように、「より多く、より速く」という働き方では、もはや理想の仕事像に近づくことはできません。今回の調査結果は、新しい形の働き方にこそ、問題の解決策があることを示しています。それは、本当に大切な仕事により大きな力を注ぎ、ひたすら生産性を求める時代遅れの働き方からは脱却していくということです。
ナレッジ ワーカーに対し、意味のある形でより大きな裁量、権限、信頼を与えることは、その解決策の一端となります。これについては、次回のパート 3 で詳しく見ていきたいと思います。
* 調査方法について: アンケート調査は、Dropbox とリサーチ コンサルティング会社 August が共同で作成し、Qualtrics のツールを使用して実施しました。回答者には、相互排他的でない一連の項目に対してどの程度同意するかをランク付けしてもらいました。回答は二者択一ではないため、「業務を適切に遂行するために仕事をスローダウンする」と「量をこなすためにスピードアップする」のように相反する項目の合計も 100 % になるとは限りません。調査回答者は、米国を代表するように抽出されたナレッジ ワーカー 500 人で構成されています。