仕事から帰ると、夕食に何を注文したいかとパートナーから聞かれます。どういうわけか、そんな単純な質問にも答えることができません。決断を相手に委ねると、「何でもいいよ。あなたが決めて」という定番の会話が始まります。夕食を決めることが、なぜこんなに難しく思えるのでしょうか。
これはおそらく「決断疲れ」によるものです。私たちはこの現象に、毎日のように悩まされています。この状態に陥ると精神的エネルギーが消耗し、衝動的な行動に走りやすくなります。そして場合によっては、まったく決断できなくなることもあります。
研究によると、ダンベルの上げ下げで筋肉が疲労するように、複数の決断を下すと脳も疲労することがわかっています。平均的な大人は毎日 35,000 件もの決断を下しているそうですから、夕食を決めることに苦労するのも不思議ではありません。
決断疲れも、料理を選ぶ程度なら特に問題もありませんが、他の状況では大きな問題に発展することがあります。普段は理性的な人が同僚に当たり散らしたり、午後中ずっとオンライン ショッピングに没頭したり。大きな決断を延期したせいで業務に障害が発生し、もっと大きな問題につながるおそれもあります。
「決断を下すには、礼儀正しくする、順番を待つ、布団から起き上がる、またはトイレに行くのをがまんするのと同じ意志力が必要です」と、Willpower: Rediscovering the Greatest Human Strength の共著者で心理学者のロイ・F・バウマイスター氏は、ニューヨーク タイムズに語っています。「誰かの高圧的な発言に言い返させなかったり、打ち合わせに遅れないように気を遣ったりしたせいで、意志力を使い果たしてしまった。そんなことが原因で、投資や雇用について適切な判断が下せないこともあるのです。」
布団から出るだけでも決断が必要なのに、いったいどうやって意志力を維持し、決断疲れを減らせばよいのでしょうか。
ここでは、決断力を無駄遣いしないで、大事なことに決断力を使うための5つのコツを紹介します。
1. 重要な決断は午前中に
医療現場での判断に関する研究によれば、長時間勤務している医者は呼吸器感染症の患者に対し、不要な抗生剤を処方してしまう傾向があることがわかりました。勤務時間が長くなるにつれて「抗生剤を出しておけばよい」と考えるようになっていることに、医者自身が気づいていません。たとえ簡単で安全な選択であっても、患者の診断という頭脳労働が長時間続くと、適切な判断力は徐々に低下していくのです。
意志力の低下が無意識のうちに仕事に悪影響を及ぼさないようにするため、重要なプロジェクトは、認知資源が豊富な午前中に進めましょう。複雑な問題をうまく整理できるようになり、軽率な決断を下すこともなくなります。
2. 行動を習慣化して決断力を節約
毎日同様の意思決定を繰り返すことはもうやめましょう。ドーナツにするかベーグルにするか、自転車なのか車なのか、といった一見ささいな選択でさえも、意志力は少しずつ消費されます。この問題に対処するには、ルーチンの活用をおすすめします。あらかじめ食事のメニューを決めておけば、何を食べるかを議論してエネルギーを浪費したり、おいしいけれど健康に悪い食事を選んでしまうこともありません。ジムに行くかどうかで悩むより、ワークアウトのスケジュールを決めて実行する方が健全です。新しく決めたルーチンは、疲れとは無縁の習慣となるため、精神的エネルギーを節約でき、適切な判断を下せるようになります。
3. 選択肢の数は少なくして決断力を節約
選択肢があるのは嬉しいことですが、多すぎると心の負担になることがあります。ジャムやチョコレートを選ぶのは楽しい作業かもしれませんが、どんなに楽しいことでも選択肢が多すぎると分析麻痺に陥ったり、自分の決断を後悔する傾向にあることが、さまざまな研究でわかってきました。
選択による負荷から解放されるには、選択肢を減らすことが大切です。マーク・ザッカーバーグ氏とバラク・オバマ氏は、より重要なことに意思決定力を残しておくため、いつも同じ服を着ていたことで有名です。グレーの T シャツやブルーのスーツを毎日着るというのは、さすがに極端かもしれませんが、いつでも選択肢を絞り込んでおくことは良いアイデアかもしれません。
たとえば、買い物をする前にリサーチをする場合、インターネットには無数ともいえる選択肢が存在します。そういうときには 3 つのウェブサイトに限定してしまいましょうと、ある心理学者が推奨しています。
こうした制約が創造的なアイデアにつながることもあります。芸術家たちは長きにわたり、制限を利用して新たな能力を発揮してきました。セオドア・S・ガイゼル(ドクター・スース)氏は、たった 50 単語だけを使って、有名な児童書である Green Eggs and Ham を執筆しました。ガイゼルの編集者であるベネット・サーフ氏は、ガイゼルが 225 単語で The Cat in the Hat を書き上げた後、「もし 50 単語で本が書けたら 50 ドルを払う」という賭けをしたのです。また聞くところによると、アーネスト・ヘミングウェイ氏は 6 単語だけで物語ができるかどうかという賭けに乗って、「For Sale: baby shoes, never worn.(売ります。赤ん坊の靴。未使用)」と書いたそうです。この物語は、十数年後に 6 単語の回顧録という本が出版されるきっかけとなりました。
4. 過去の決断を後悔しない
完全主義者にはならず、「これで充分だ」という考え方を実践してみてください。Futura フォントを使いすぎではないか、選択した緑の影が濃すぎるのではないか、と思い悩むのではなく、自分の決断を信じて前に進みましょう。自分の選択を後から疑問に思うだけで、意思決定の回数が増え、認知資源が消費されてしまいます。
「最高の選択をする」というプレッシャーから解放されると、かなり気が楽になります。ある研究によると、最低限度の条件を満たしている人、つまり基準を満たす選択が見つかるところまでで探すことをやめる人は、自分の決断に満足していることがわかっています。一方で、決める前にすべての選択肢を比較検討する「追求者」は、先の「満足者」と比べて、結果に満足せず落ち込んでしまう傾向があります。
5. 軽食をとって脳に栄養を与える
空腹時は、重要な決断をしてはいけません。脳は体と同様に、ブドウ糖からエネルギーを得ています。研究によれば、脳内のブドウ糖が低下すると、脳は即時報酬に強く反応し、長期の見通しには注意を払わなくなることがわかっています。しかし軽食をとれば、枯渇した脳は元気を取り戻します。この研究の被験者は、甘いレモネードを飲み干してから財務決定を求められたとき、迅速な利益には飛び付かず、より合理的な判断を下しました。
最後に
良くも悪くも、日常で決断を下すことは避けられません。しかし、戦略的なスケジューリングと効果的な習慣によって、認知資源の消耗を防ぐことができれば、より多くの創造的エネルギーが確保され、重要な意思決定を下せるようになります。