オーストラリアで働く人々のついていない 1 日と聞くと、何を思い浮かべるでしょうか。内陸部に生息するクロコダイルとの格闘や、通勤途中に道路を横断するウォンバットに出くわして足止めを食うこと、などと答える人もいるかもしれません。
しかし実際のところ、オーストラリアのビジネス ライフはどのようなもので、人々は万国共通のルーチン ワークをどうやって「No worries(万事問題なし)」の精神で乗り切っているのでしょうか。
新しいブログ シリーズ「世界の働き方」では、現代の仕事環境の課題に対するアプローチが国によってどれだけ違うか、そうした問題に各国がどのように対処しているかを紹介しています。シリーズのパート 1 では、日本の「働き方改革関連法」がオフィスで働く人々にどう影響するかを考察し、続くパート 2 では、勤務時間後に「オフラインになる権利」を法制化したフランスのエル・コムリ法が本当に労働者のためになっているのかを見てきました。さらにパート 3 では、完璧主義と生産性の間で揺れるドイツ人の心中に迫りました。
パート 4 となる今回は、オーストラリアの事情をみていきます。
資源開発ブームが過ぎ去り、住宅市場が減速し、今後 10 年で生まれる雇用のポスト 7 つのうち 6 つが知識労働で占められるようになると予想される中、同国の仕事環境はどのように変化しているのでしょうか。
オーストラリアの仕事環境について理解し、来る変化に人々がどう備えているのかを探るため、今回は、Dropbox のアジア太平洋および日本のコミュニケーション部門責任者を務めるリー・トランと、アジア太平洋キャンペーンおよびコンテンツ責任者を務めていたジェニファー・ノーリーに話を聞きました。
目次
1. オーストラリアは「幸運な国」
オーストラリア人は気が置けない国民柄とよく言われ、彼らの「No worries」な姿勢はビーチ文化の外でもみられます。経済的にも、オーストラリアは 25 年以上にわたって、不況知らずの好景気に温々としているように見えます。トランによると、この経済的繁栄という幸運には、2 つの要素が大きく影響しているそうです。
オーストラリア人が強い自信を持ち、楽観的であるのは、雇用が安定し、労働者の権利が守られていることも関係しているとトランは指摘します。
オーストラリアは天然資源に恵まれています。資源開発ブームは、この国に空前の経済成長をもたらしました。
また、地理的に中国と近いという点も重要です。特に、中国が飛躍的な成長を見せたこの 20 年間、同国を主要な輸出先にすることができたのは、オーストラリアにとって幸運なことだったと思います。
オーストラリアは、歴史的に見て組合活動が非常に活発です。そのおかげで、労働者が手厚く保護されているのです。
オーストラリア人は勤労意欲が高いことで知られていますが、多くの人は仕事のストレスを私生活に持ち込まないように努めているそうです。トランは次のように続けます。
他国と国境を接していないことや、タイムゾーンがずれていること、過度な競争をよしとせず公平性を重んじる気質が原因かもしれませんが、多くのオーストラリア人は、生活を仕事に合わせるのではなく、仕事を生活に合わせようとする傾向があります。もちろん、私の意見がオーストラリア人を代表しているわけではありませんが、この国には、仕事と生活を調和させようという意識があるように思います。
オーストラリア人が「No worries」でいられなくなるとき『No worries』や『明日になれば問題解決』という姿勢は裏返せば、独り善がりともいえます。
多くのオーストラリア人は、『誰も自分より優れてはいないし、自分も他人より優れてはいない』と考えています。
とても立派な考え方ですが、その反面『Tall Poppy Syndrome(背の高いケシ症候群)』(日本風に言えば『出る杭は打たれる』)につながる考え方でもあります。これはオーストラリアでは言語化されていますが、同じ現象は世界中で見られるのではないでしょうか。突き詰めて言えば、自分の成功を鼻にかけるべきではない、という考え方です。謙虚であることが大切で、大きくなりすぎれば切り倒されてしまうのです。
と話すのはジェニファー・ノーリーです。
ここで疑問に思う方がいるかもしれません。起業家的なリーダーシップが強く求められる場面において、こうした姿勢はオーストラリア人を消極的にしてしまうのではないかと。
資源開発ブームは終わりを迎え、中国からの需要も減速しつつあります。
私たちは、地中から何かを掘り出して中国に売るというモデルにオーストラリア経済の未来はない、と悟りました。このモデルから脱却して、知識労働を主体とする経済へと移行しなければなりません。-トラン
しかし、シリコン バレーのような貪欲さを持たないオーストラリアは、前述のような理由もあり、これまで、絶え間なくイノベーションを生み出すことに力を入れてきませんでした。
これが、オーストラリア人とアメリカ人の違いです。アメリカン ドリームを叶える、つまり何もないところから出発して、すべて自分 1 人の力で大きなことを成し遂げることができる、という意欲は、オーストラリア人に根付いた考え方ではありません。オーストラリア人にとっての夢とは、マイホームを手に入れ、投資資産をいくつか持って、老後をのんびりと過ごせるようにすることなのです。
-トラン
そして、この夢を叶えることさえ、かつてないほど難しくなっていると指摘する声があがっています。人口統計学者で KPMG のアドバイザーを務め、「The Australian」紙のコラムニストでもあるバーナード・ソルト氏が、ミレニアル世代にマイホームを買う余裕がないのは、贅沢な「スマッシュド アボ」(アボガドを載せたトースト)ばかり食べているからだと主張したのです。この主張は国民的な議論を呼び、世代間の論争に火を付けた結果、世代を問わず「オーストラリアン ドリーム」を実現できないことを指す流行り言葉にもなりました。
2. 起業家精神の台頭
変化への障壁となるのは、伝統的な文化的気質だけではありません。一国の経済が約 200 年間にわたって豊富な天然資源に依存していたのなら、新たな現実に適応するためには、当然途方もない変化が必要となります。
しかしトランによると、近年のオーストラリアでは、資源依存型の経済から知識主体の経済へと移行しようというムードや危機感が国全体に強く漂っているそうです。
その中で起業家精神が熱い注目を集める最大の理由は、Atlassian(アトラシアン)を筆頭に、大きな成功を収める IT 企業が台頭してきているからです。
Atlassian は、知識主体、イノベーション主体のオーストラリア企業が目指すべき象徴的な存在になっているとトランは言います。
資源開発や不動産以外でも、数十億ドル規模の企業を生み出せるという事実に、私たちは突如として気付いてしまったのです。実際、今年の長者番付には、IT 系の起業家たちがかつてないほど多く名を連ねています。
長期的なビジョンのもとに、イノベーションに投資しなければならない。そういう認識が国全体に広がっています。これまでオーストラリアは、多くの国と同じように、インスピレーションの源泉としてシリコン バレーに目を向けてきました。そしてエネルギーを持ち帰り、リスクを恐れない起業家精神を取り入れ、それによって国を豊かにしたいと考えてきました。
しかし、ただ真似をするわけではありません。私たちは、それをオーストラリア流で実現したいと考えているのです。
3. 新たな道を切り拓くべきか、世界の流れに合わせるべきか
ここに、同国における仕事と生活の未来を巡り対立する考え方が生じています。ダイナミックで動きの速いイノベーション主体の経済を目指す革新的な動きがある一方、オーストラリア人がこれまで育んできた独自の仕事環境を守ろうという保守的な立場もあるのです。
果たして、公平性を重視するのんびりしたオーストラリアの姿勢を世界が学ぶべきなのか。それともオーストラリアが世界の流れに合わせるべきなのか。
日本、フランス、そしてドイツで働く Dropbox 社員たちの例からも分かるように、燃え尽き症候群は世界のあちこちに広がっており、世界各地で仕事環境を見直さなければならない時期がきているようです。
IT 中毒が「招かれざる輸出品」と見なされるときには、「No worries」式の仕事文化を輸入することは、バランスを取り戻す良いきっかけになるかもしれません。