執筆:ドリュー・ピアース
オフィス勤務への回帰を唱える者の信念が誤りであることを証明できますか?
あなたにとって生産的な一日とはどのようなものですか? 出席した会議の数や送信したメールの数、回答した顧客の質問数や記述したコードの行数など、生産性を測る尺度は仕事によってさまざまでしょう。
在宅勤務には批判もありますが、最近の調査では、テレワークでもオフィス勤務と同じような、場合によってはそれ以上の生産性を発揮できることが証明されています。どんな仕事でも、自宅でやることがオフィスでやっていたことより少ないはずはないでしょう。
問題は、生産性を明らかにする確実な方法が 1 つもないことです。また、調査やブレインストーミングなど、測定が難しく、非常にモニタリングしづらいタスクもあります。
テレワークを採用するか、オフィス ワークと在宅勤務を併用するか、あるいはフルタイムのオフィス勤務に戻るかを決めようとする中で、多くの企業は従業員と経営者の相反する希望をかなえるために苦慮しています。在宅勤務の従業員が働いているふりをしているだけではないという証拠が欲しいのです。成果の上がる働き方を推進するには、企業にデータが必要です。
幸い、スタンフォード大学の経済学教授ニコラス・ブルーム氏と研究チームが 2 つの新しい研究結果を発表し、オフィス勤務への回帰を唱える者の信念が誤りであることを証明しました。
7 月の Trip.com の調査では、プログラマーはテレワークでも同じアウトプットを維持できることがわかりました。また、9 月に行われたさらに大規模な調査では、27 か国ほとんどの企業の従業員が、コロナ禍での在宅勤務の生産性を自己評価した結果に嬉しい驚きを感じ、週 2~3 日在宅勤務できるなら給料を 5 % カットされても構わないとさえ思っていることが明らかになりました。
テレワークが実際に生産性を高め、離職率を減らし、通勤コストを削減できるという証拠が増えているとすれば、なぜいまだに多くの企業が、雇用主と従業員の両方にメリットのある働き方を無期限に採用することに抵抗するのでしょうか。
長年の汚名をそそぐ
Trip.com の取締役会長であるジェームズ・リャン氏がオフィス ワークと在宅勤務のハイブリッド ワークの効果を確かめると発表したとき、管理職は疑いの目を向け、従業員はなかなか調査への参加希望を出しませんでした。
「ワークフローが遅くなると思っていたのです」と、Trip.com の調査の共同研究者であるルォビン・ハン氏は言います。「会社は従業員を参加させたくありませんでした。だから、1 回目は希望した従業員が半数足らずでした。従業員からは、ノート パソコンに監視ソフトをインストールされるのが心配だから参加したくない、という声が聞こえました。」
ところが実験開始から 3 か月後、会社は態度を一変させました。大きな発見の 1 つは、従業員が慣れるのにほとんど時間がかからなかったことでした。ハン氏は、それを締め切りのプレッシャーのせいだと言います。自宅でできる仕事と、オフィスでの打ち合わせが必要な仕事を、チームはすばやく見極めなければなりませんでした。
従業員が簡単にハイブリッド ワークに移行できたのを見て、リャン氏はこの働き方を他の従業員にも展開しました。そして今では、ハイブリッド勤務の方針を拡大して、在宅勤務ができる日をさらに多くすることを計画しています。この実験の成功には、トップの断固たるリーダーシップと奨励が欠かせませんでした。
ハン氏は、社会の受け止め方や文化も重要な役割を担っていると言います。「シンガポールや日本など、米国と同じような生活水準の国に目を向けると、オフィス勤務への回帰が米国よりずっと成功しているように見えます」と同氏は述べています。「文化が一役買っているのだと思います。アジア文化圏の若い従業員は上下関係を重視します。上司と顔を合わせる時間を大切にするのです。」
従業員が健康の問題を抱えながらも出勤するプレゼンティーイズム(疾病就業)を企業がどのように評価するかは、たいていトップダウンで決まります。しかし、顔を合わせる時間を優先することが、必ずしも企業文化や生産性の向上に意味があるとは限りません。この調査は、雇用主が在宅勤務を奨励すればするほど、従業員は前向きな反応をする傾向があることを裏付けています。
通勤時間を残業に換算する
面白いことに、従業員が自分でスケジュールを決められるようになると、勤務時間を意識せずに仕事を終えることに集中するので、多くの人が期待以上の成果を上げるようになるという研究結果があります。その証拠に GitHub の調査では、コロナ禍の間、開発者が行う作業の割合は週末に増加したそうです。
2 つ目の調査「Working From Home Around the World」の共同研究者であるパブロ・サラーテ氏は、「タスクを完了しなければならないというプレッシャーから、時間外労働が多くなる可能性がある」と述べています。
しかし、多くの人にとって、それは通勤地獄から逃れるための代償として理にかなっています。また、通勤時間をウォーキングや休憩や家族とのくつろぎの時間に変える方法がメディアで注目される一方で、意外と多いのが、集中力を保ったまま仕事を片付けるという人です。
「出社するための時間が短くなった場合、節約した時間の何割を仕事に使っていますか、という質問をしました」とサラーテ氏は言います。「各国の平均で、通勤時間の 40 % が仕事に直接使われていることがわかりました。」国によって割合は異なるものの、通勤時間が短いほど仕事に使える時間が長い、という一貫した結果が得られています。
「人々は通勤時間に何をしているのか。今はそういう点を調べています」とサラーテ氏は言います。「順調にいけば、来月にはよりはっきりした調査結果が出るでしょう。」
張り詰めた空気の中で在宅勤務は続く
テレワークへの移行について調査していた研究者が驚いたのは、世界中の労働者の在宅勤務体験がどれほど一貫していたかということです。
「各国の平均で、通勤時間の 40 % が仕事に直接使われていることがわかりました。」—パブロ・サラーテ氏
「調査対象国は世界の GDP の約 3 分の 2 を占めています。ですから、国の数は少ないですが、GDP で見ると大きな割合を占めています」と、世界の在宅勤務事情を調査した共同研究者の 1 人で欧州復興開発銀行のアソシエイト ディレクターでもある、ロンドン大学キングス カレッジの経済学助教シェバット・ギレイ・アクソイ氏は説明します。「私たちの調査でわかったのは、国によって大きな差がありますが、コロナ禍の行動制限が解除された後も、対象国の平均在宅勤務日数は週に 1.5 日であるということです。」
この調査では、世界中のナレッジワーカーが在宅勤務を継続していることだけでなく、雇用主が許可しようとしているよりも従業員が在宅勤務を希望している日数の方が多いことも明らかになりました。
「国によって平均 1 日の差があります」とアクソイ氏は言います。「コロナ禍で従業員が在宅勤務に満足し、生産性が上がったと考えているにもかかわらず、雇用主はいまだにオフィスに戻るべきだと考えています。」
研究者たちは、雇用主の計画と従業員の成功の間に強い相関関係があることに気づきました。具体的なルールやガイドラインを示す確立されたポリシーを用意している企業ほど、従業員は当てずっぽうの判断を避け、在宅勤務という新しい世界を受け入れられるのです。
在宅勤務の特権のためにお金を払うか?
もう 1 つ研究者を驚かせたのは、週に 2~3 日在宅勤務ができるのであれば給料をカットされても構わない、と従業員たちが答えたことです。「人々は通勤にどれほどお金がかかるのかを真剣に考えています。また、時間的なコストも膨大です」とアクソイ氏は述べています。
「平均すると、労働者は給料の約 5 % を在宅勤務のために支払ってもいいと思っていることが調査でわかりました」とサラーテ氏は言います。
結局のところ、従業員を惹きつけてつなぎ留めておく魅力的なメリットになるのは柔軟な勤務形態かもしれない、とサラーテ氏は考えています。「私たちの研究の他にも、さまざまな福利厚生や勤務形態に対する支払い意思について調査した膨大な文献があります。やはり、在宅勤務という選択肢はフレックス タイム制と同じようにメリットがあるのです。」
「労働者は給料の約 5 % を在宅勤務のために支払ってもいいと思っていることが調査でわかりました。」(サラーテ氏)
ベスト プラクティスを求めて
世界がテレワークに移行し始めてから数年が経ちますが、学ぶべきことはまだたくさんあります。Trip.com では、全従業員にハイブリッド勤務の選択肢を与えるとどうなるか、今後注目していくとハン氏は言います。「人々はこのハイブリッドな働き方にすぐ順応し、協調する方法を学べることがわかるでしょう。」
一方、アクソイ氏とチームは、テレワーク環境における管理の実践に関する研究を計画しています。「他の数々の研究から、管理プロセスが優れていれば、生産性だけでなく従業員の満足度にも大きな違いが生じることがわかっています」とアクソイ氏は述べています。
現在、同氏のチームは、トルコ最大のコールセンター会社とともに無作為化対照試験を企画しているところです。「今までわかっていないことが 1 つあります。それは、チーム全員が在宅勤務の場合、どのような管理方法が最善か、ということです。そこで、この無作為化対照試験でそれを明らかにしようと考えています。何がベスト プラクティスなのかわからないので、このプロジェクトには本当に期待しています。」
また、ビデオ会議など、コロナ禍で気づかされたギャップを解消するために進化したテクノロジーの数が増えていることを明らかにした調査もあります。そのため、サラーテ氏はテレワークの将来について楽観的です。
「コロナ前は、このテクノロジーが仕事だけでなく教育にもすこぶる便利であるということを認識していませんでした」とサラーテ氏。
同氏が考えているように、新しいツールは対面での体験に代わるものではなく、それを補うものです。「たとえば学術的なイベントでも、以前は対面のみだったセミナーが、今ではほとんどで Zoom での参加が選べるようになっています。本当に便利です。私は、テレワークでも同じようなことが起こると思っています。」